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雪の2日目(2003年冬東北信越旅行vol3)
2003年12月7日
 この日は仙石線で松島海岸に向かう予定だったが、疲れのため寝坊し松島観光とくりはら田園鉄道乗車をカットすることにした。まあ車内から松島が少し見えたのだけ十分だし、くりでん行きをやめたことで旅費も浮くのだが。

 乗車した普通電車は205系の「マンガッタンライナー」沿線出身の故石ノ森章太郎氏にちなんだ特別塗色車両である。電車は仙台市内の地下線を抜け、松島近くの海岸線に沿って走った後矢本町に入ったがここは7月の地震の被災地。屋根にビニールシートがかけられた家や復旧工事中の道路が見られた。終点の石巻で石巻線に乗り換え中村雅俊の町・女川に到着。ここで海を見ながらカップヌードルで朝食を済ませる。

 女川からは小牛田で乗り換え仙台へ戻る。牛タンを食べようと思ったがどこも混んでいる。ここは食事を後回しにしてかねてからの宿願を叶えよう。かねてからの宿願とは、妹が私の浪人時の合格お守りを買った青葉城跡の神社にお礼参りするというごく自然なことである。レトロ調バスに揺られること約20分。件の宮城県護国神社に到着。ここでお世話になったお守りを奉納し、今度は自分が妹の学業成就お守りを購入する。「神様のおかげもあり、某サークルや兼部先の素晴らしい人々に会えました。どうもありがとうございました。」と参拝したあとは伊達政宗像の写真を撮り、仙台駅に戻って牛タン丼の昼食。
 
 食後は試食を食べあさりながら祖父母への土産を物色し、仙山線の快速で仙台を離れることにする。ところで、神社参拝中に降り出した雪は山間部に入るとますます激しくなり、特に山深い作並-山寺間は完璧な雪景色になっていた。山形では下調べ不足により斉藤茂吉記念館に行き損ねたものの、左沢線完乗を果たすことができた。そういえば駅ビルの漬物屋ではなまりのきつい店員にうまい漬物「おみ漬」を薦められた。次の訪問時には是非買おう。

 結局漬物は買わなかったが、左沢線から新幹線に乗り継ぐ間の待ち時間に100円の「名物 玉こんにゃく」を食べた。寒冷な山形らしく関西人の私にはちょっと濃い味付けだったが、食べると体だけでなく心まで温まってくる気がした。次は250円の「名物 いも煮」に挑戦したいものである。

 旅行もいよいよ終盤。そういうわけで東京行き新幹線に乗ってかみのやま温泉を過ぎると、線路沿いの田畑が一面雪で覆われているのが分かった。時速130キロで疾走する400系「つばさ」の車体に激しい吹雪が降り注ぐ。米沢-福島間の板谷峠もすごい雪景色だった。しかし福島盆地に降りると何事も無かったかのように雪は止んでいた。その後夕食に車販の牛肉弁当を楽しみ、大宮で下車する。ここからは京浜東北・武蔵野・京葉線経由で東京を目指すが、途中の舞浜で京葉線快速は超満員になった。ああいうところに行けるカップルがついついうらやましくなってしまう。

 東京では長い連絡通路を通り、途中のコンビニで夜食のどら焼きとビスコを買ってから横須賀線久里浜行き最終で横浜に向かう。この旅で私はE231系とE217系の硬いボックスシートが嫌いになった。関西に生まれたことに感謝しよう。

 横浜駅では全廃寸前の京急旧1000系、廃止を1ヵ月後に控えた横浜-桜木町間を走る東急8000系を見てから「ムーンライトながら」に乗り、東日本に別れを告げることにする。
*帰宅後に作成、2005年5月31日転載
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