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ベルリン現代史探訪4
20070519104643
ところでポツダム広場は、戦後はソ連占領区域と西側三国(米英仏)占領区域の境界に位置することになり、1961年のベルリンの壁完成後は壁によって分断されることになった。

そのためかつての繁華街は場末と化し、長らく荒廃が続いていたわけだが、東西ドイツの統一以降ドイツ政府や各国企業の連携のもとで再開発が進み、ソニーセンターやドイツ鉄道本社に代表される斬新建築が立ち並ぶ新都心へと生まれ変わった。

この「古くて新しい街」の地下に、戦災や東西分断のなか年輪を重ねてきた駅がある。Sバーンの通勤電車が発着するポツダム広場駅である。戦前に作られた地下鉄道同士の乗り換え駅というわけで、どこか大阪市営地下鉄の大国町駅(1938年開業)みたいな雰囲気が漂う地下駅だ。

ここから赤と黄色の通勤電車に乗車し、一駅目のアンハルター駅で下車する。戦後すぐの時期まで長距離列車のターミナル駅として機能していたアンハルター駅だったが、戦災や東西分断のあおりを受けて今ではわずかにSバーンのみが乗り入れる小駅となってしまった。地下のSバーン乗り場から地上に出ると、公園の片隅にかつての駅舎の一部が残っており、歴史の重みそして戦争の悲惨さを静かに伝えていた。

写真 アンハルター駅駅舎の残骸 日本で言うなれば原爆ドームの駅版である。

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