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尼崎列車事故から2年
昨日、「起こり得ないこと」を主題にした日記を書いたが、今日これから話すことは、本来自分に彼女ができること以上に有り得ないもの、いや、それとは違って決してあってはならないことだった。あの朝までは…

あの日は休み明けの月曜日。気の合うメンバーで万博公園に遊びに行った次の日だった。
授業は3限からなので11時過ぎに家を出るつもりでのんびり支度をしているとき、東京のおばさんからの電話で事故の一報を知った。この時点までは、中目黒の日比谷線事故のような事故を想像していた。大事故みたいだが死者は10人もいないだろう。

だがテレビをつけてみると…画面上では見慣れた銀色に青帯の電車が変わり果てた姿で折り重なり、横たわっていた。とても10人の犠牲で済むはずがなかった。同世代の学生をはじめ、最終的に死者は107人に達した。

決してあってはならないことで、当たり前の日常が絶たれる。このようなことが二度と繰り返されることのないように。

不幸なことに、自分には恋愛して新しい命を育む権利は許されていないようである。だが、せめて自分一人だけでも、あの日犠牲になった人たちの分精一杯生きたいものである。
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