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脱線事故1ヶ月
光陰矢のごとしと言うが、時の経つのは本当に速いものである。あれから1ヶ月目の「25日9時18分」が巡ってきた。

あの朝、よもや自分の知人に犠牲者は出ているはずは無いだろうと私は思った。それだけに、直接の知人では無いものの弟の友人の兄の友人(たぶん大学生)と父の友人の同僚(三田市の会社員)が犠牲になったことを知った時のショックは相当なものだった。震災の時は知人の犠牲者はいなかったのに…

日本スピンドル・尼崎市中央卸売市場など近隣の企業や事業所、住民が救助活動をする一方、JR西日本の対応には終始まずさが目立っていた。しかし、社内にはダイヤを修正して事故前より余裕のあるものにするなど再発防止策を日々練っている方も多いはず。今度こそ悲劇を繰り返さない鉄道会社作りを目指して欲しいものである。

しかしJR西日本が今後どうなろうと、107人の失われた命は戻らない。生存者にも顔に一生消えない傷を負った人・足を失った人・今なお重態の人がいると聞く。また、軽傷で済んだとしても心の傷は外傷の具合に関係なく辛いものだったりするという。

ちなみにマンションの件についてはこう思う。このまま全世帯が引っ越した上で解体撤去というのもどうかと言う気がするのだ。

例えば広島では原爆で多くの人が死傷した場であるデパートや電車が今なお現役で使われている。(そのデパートを建設したのは父親の前の勤務先)
宅間守に襲われた附属池田の校舎だって改装されたものの現役であるし。

もちろんあの場所に慰霊碑を作るのは言うまでも無く死者を悼み、悲劇を記憶すると言う意味で当然の行為である。だが、現にマンションに留まって慰霊を続けたいという住民もいるので、彼らの意見を充分考慮する必要もあるのではなかろうか。

いずれにせよ今、我々個人個人にできることは、献花台に出向いて冥福を祈ること、あしなが募金で遺児の奨学金を支援することぐらいしかないのが現実なのだが。JRの不乗運動をするのも悪くは無いかもしれないが、代替交通手段がマイカーしかない、私鉄で行くと時間やお金がかかりすぎるなどの理由があるのでこの運動を徹底するのは実際そう簡単でないと思う。

さて、本来事故の話題の後で言う話題ではないが、「day after tomorrow」が暫く活動休止という。「ユリノハナ」、「Sterry Heavens」、「そして僕にできるコト」といった数々のナンバーを気に入っているだけに、今回の休止の報は少し残念に思える。

ただ、ヴォーカルのmisono(倖田來未の妹)はソロで活動を続けるそうで、今後どのように活動を展開するのが楽しみだったりもする。ちなみに俺はmisonoと倖田來未では後者のほうが好みです。

最後に、今日未明ようやく本ブログを開設し順次旧日記から過去ログを転載しています。
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