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春の関空・紀州路(スルッとKANSAI3dayチケットの旅その1) (過去ログ2004-3)
2004年3月27日

 朝6時半過ぎの京阪特急で旅立つ。関西民鉄の共通カードシステムスルッとKANSAIの3dayチケットで関西空港に行き、ついでに和歌山方面の南海線と近場の未乗降駅の踏破をするべく。

 まず南海多奈川線に乗ってから関空へ。この多奈川線はかつて淡路島航路との接続で賑わったが、今は岬町民の日常の足として細々と動いている。

 関空ではカメラの電池切れという災難に巻き込まれるも、10時半から16時半まで粘って撮影。ただ金の足りない学生の身、フィルムが足りず中東からのエミレーツ航空A340-500を撮影するためにJALの新色DC-10やタイ国際航空のB747-400の撮影を断念する始末。それでも久々の関空は楽しめた。

 さて南海乗り歩きに戻るが、南海はいろいろな面で面白い私鉄である。まず、駅名標のバリエーションが多い。90年代のCI導入に際して製作された近代的・機能的なものから、白地に黒字の古臭いもの、明らかに60年代以前の毛筆体のものまであった。毛筆体の駅名標を深夜に見ると何か不気味な?印象を受ける。子供とか怖がって泣かないだろうか?

 それから車両面では、60年代の片開きドア車両が今も空港急行や大阪-和歌山間の特急といった看板列車に使われている点にびっくりする。うちの地元の阪急でもこれぐらいの経年車が特急に入っているが、内装・設備面で新し目の車両と大差ないからまだいい。しかし、南海のその車両は明らかに古さを隠せない。特急が旧型、普通が新型というねじれた事態を利用者はどう思っているのか?

 で、関空を後にした私は加太・和歌山港と回って帰路に就くが、和歌山港を出た時点で既に19時過ぎ。しかも途中の駅数駅に降りたりしたので余計に時間がかかったが、何とかその日のうちに京都着。

 最後に、関西空港開港から早10年。南海は阪和間輸送よりも空港輸送の方に力を入れるようになり、泉佐野以南にダイヤ・車両両面であまり力を入れなくなったように思われる。また、明石海峡大橋完成のかげで南海フェリーの利用者が減ったことは、接続する和歌山港線にも影響を与えていると見られる。また、今回乗らなかったが和歌山-貴志間の貴志川線には去年廃止話まで浮上した。これら和歌山の電車たちの奮起を期待したいところである。
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