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ジュビロ磐田・中山雅史に戦力外通告
J1:中山雅史に戦力外通告…磐田

中山雅史

その抜きんでた得点力と、愛嬌たっぷりのキャラクターで20年近くにわたりサッカー界を沸かせてきた「ゴンさん」ことJ1リーグジュビロ磐田のFW中山雅史選手。
気付けば今年で42歳となった彼が、このほど大学卒業から19年間所属したジュビロ磐田から戦力外通告を受け、新たな活躍の場を求めることになった。

中山雅史…この男の名前を聞いたのは1993年・小学4年生の時だった。
当時はJリーグ開幕に日本全国が沸きかえっていた時代。当時ヤマハという社会人チーム(翌年Jリーグに加盟しジュビロ磐田に改名)に所属していた彼は、悲願のワールドカップ初出場を目指す日本代表チームで連日得点を重ね、がむしゃらにゴールを目指す姿と試合後のインタビューにひょうきんに答える姿で一躍お茶の間の人気者になった。結局日本代表はあと一歩のところで予選を突破することができずワールドカップ出場はならなかったが、一連の活躍で彼の存在は不動のものになった。
(余談ながら、お父さんの儀助さんもまた面白い人で人気者になった。)

ジュビロ磐田がJリーグに昇格した後も1997年シーズンにリーグ初制覇を果たした時を皮切りに、点取り屋として、ムードメーカーとしてチームの躍進に貢献した。
なかでも、1998年シーズンに4試合連続ハットトリック(サッカーの1試合で3点以上得点すること)を達成したことや、2002年シーズンに高原との2トップでゴールを量産し、Jリーグ史上初の第1・第2ステージ完全制覇を成し遂げたことは、今も折に触れ語られ続けている。

また、日本代表が初めて出場した1998年フランスワールドカップで、日本代表選手として初めて得点を挙げたということでも有名だ。

ちなみに、ジュビロでは中山選手のほか、同じく生え抜きのベテランであるDF鈴木秀人選手も戦力外通告を受け、球団を去ることになった。

1997~98年、2002年のジュビロ黄金時代を知る選手が、また2人ジュビロを去るというわけで、ジュビロの黄金時代を知るサッカーファンにとっては淋しい思いを感じずにいられない。
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テーマ:Jリーグ - ジャンル:スポーツ

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