スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
旅の終わりは・・・(2004年正月旅行vol3)
2004年1月6日
 高岡朝5時44分発の城端線始発に乗る。車両は急行型だったのでぐっすり眠ることができた。もっともぐっすり眠ったのは往路だけで、復路は車窓風景を楽しんだ。ちなみに朝の通勤輸送に備え列車編成は4両と長かった。高速道路に負けずに今後も頑張って欲しいものである。

 高岡に戻った後は氷見線に乗車。海沿いの絶景・雨晴海岸からは海をバックに立山連峰が見られるらしいがこの日はあいにくの雨のため、立山は霧の中に隠れて見えなかった。帰路は福井行きの普通までまだ時間があるのでJRでまっすぐ高岡まで帰らずに工業地帯の中の能町駅で降りて少し歩き、新能町から加越能鉄道改め万葉線の路面電車で高岡に戻った。どこかの市バスとは違い、年季の入った電車は高岡の街をスイスイ走る走る。一時は廃止の話が出たこの線にも間もなく低床車が入るそうだ。今後の更なる発展に期待しよう。

 本当はこれから金沢の兼六園に行きたかったが時間がないので断念した。というのも兼六園を断念してまで乗りたい私鉄があるのだ。

 芦原温泉で北陸本線を制覇した私は高橋愛の街・春江で下車し、ひたすら西へ歩いた。その私鉄とは…事故で廃止された京福電鉄福井鉄道部を引き継いだえちぜん鉄道である。ところが…歩いても歩いてもえち鉄の線路は見えない。そうこうするうちに三国港まで行って福井まで戻ってくる時間がなくなってしまった。芦原温泉から三国方面行きバスに乗り換えたら良かったのにという方がおられるかもしれないが、私の今年の抱負は「皆さんが驚く駅に降りる」である。2~3キロは歩いただろうか?ようやく鷲塚針原駅(福井市)に到着。

 その後2つの中間駅に降りて福井に戻ってきたわけであるが一部の電車に女性添乗員(アテンダント)が乗っていたのには驚かされた。現在ワンマン電車が主流のローカル線において、このようにお年寄りや障害者など交通弱者へのサービスを優先しているえち鉄に福井の明るい未来を感じ取り?名残惜しいが私はJRの福井駅に向かった。今度は全線乗ってやるぞ。

 ところでこの日某サークルの先輩(20)がJRの全線に完乗され、京都で祝賀会を開くことになっていた。私も出ようと思ったが、京都に戻ってふと見ると携帯がない。すぐ京都市バスの車内で見つかったと分かりホッとしたが、おかげで祝賀会に遅れてしまった。しかしなんとか酒と料理にありつき、皆さんに土産の「富山チューリップパイ」を渡すことができた。めでたしめでたし。
スポンサーサイト
コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2017 台湾迷日記(my diary since 2003) all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。