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名古屋-東京-栃木-会津-新潟-高岡(2004年正月旅行vol2)
2004年1月5日

 指定席から自由席に扱いが変わる熱海でまだましな席に移ったが、結局ろくに眠れぬまま4時42分に東京着。ここから京浜東北線・東北本線を乗り継いでまずは宇都宮に向かったが、寝不足のため東北線車内で一時ダウンし蓮田から野木まで意識を失った。

 ところで宇都宮に行ったのには訳がある。皆さん御承知の通り何も餃子を食べたいからではない。今や首都圏では数少ない非電化路線となってしまった鳥、ではない烏山線に乗るためである。宝積寺で都会的なE231系からローカル的なキハ40に乗り継ぎ烏山線の旅が始まったが、沿線の田畑には一面の霜が下りていた。1月の下野は京よりも寒いのだなあ。さて、宝積寺に戻り北上を再開した私は途中片岡という駅に降りた。ここで下車した理由は私の好きな球団を知っている方には言うまでもないでしょう。栃木で他におめでたい名前の駅といえば烏山線の宝積寺と大金があったが、今回両駅とも下車できた。今年はいい年になりますように。

 福島県最大の都市・郡山まで行ったところで東北本線に別れを告げ、京都のある南西の方向に進路を変える。厚化粧?の455系会津若松行きからは雪に覆われた田畑や磐梯山の美しい姿が見えた。先月に宮城・山形に行った時と比べ寒さが一段と厳しくなっているのだ。会津若松で太麺の会津ラーメンの昼食をとったあと、飯盛山まで歩こうとしたが遠すぎて断念。まあいいや、いずれ只見線に乗る時にじっくり観光しよう。

 会津若松を離れて新潟を目指すことにするが、磐越西線の喜多方以西は本数が少なすぎる。もし郡山-新潟間に快速あがのを走らせたところで需要はないのだろうか。沿線が阿賀野川沿いの過疎地だから仕方がないな。それにしても新潟県に入ったとはいえ平地に雪がないではないか、地球温暖化恐るべし。みなさん電気の無駄遣いはやめましょう。まあ直江津くんだりまで出たらドカ雪が私を待っていることでしょうと思い新潟まで半分寝て過ごす。

 新潟では6分の乗り換え時間の間に駅弁を物色するが、売り場が少なくやっと見つけた売り場にも先客がいた。結局何も買わずに越後線の電車に乗車。政令指定都市を目指す新潟の通勤電車とあって4両編成の車内は非常に混雑しており、なかなか座席にありつくことができなかった。途中の吉田では乗り換え時間の間にパンを確保。これで直江津まで飲まず食わずという最悪の事態が避けられてなによりである。

 で、直江津では私の期待通り21時前だというのにまだ駅弁が売られているではないか。特急「はくたか」がまだ余裕で走っている時間帯である上、大阪行きのシュプール号が長時間停車するためである。私もかに寿司を購入し、今日中に高岡に着くため糸魚川まで利用した特急「はくたか」の車内で平らげた。正味20分の乗車だったが初めてのサンダーバード車両は快適だった。

 糸魚川からは鈍行の旅に戻り、食パン型電車と急行型電車を乗り継いで今夜の宿泊地・高岡に向かう。北陸本線の急行型電車といえば母方の祖母の実家が加賀(山代?)温泉だったので母親は子供の頃急行ゆのくにで加賀温泉か大聖寺か動橋(いずれも石川県加賀市にある北陸本線の駅)まで行った記憶があるらしい。ひょっとしたら母親が親戚の家に行く時に乗った急行と同じ車両に今自分が乗っているのでは…と考えたりした。
*帰宅後に作成、2005年6月1日転載
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