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東武鉄道全線完乗
太田1248→(東武桐生線普通赤城行き)→1311赤城1327→(上毛電気鉄道西桐生行き)→1337西桐生…(徒歩)…桐生1408→(両毛線普通)→1426伊勢崎1454→(東武伊勢崎線普通太田行き)→1519太田1532→(特急りょうもう30号)→1655浅草

昼食後、太田駅から東武鉄道の乗り潰しを再開する。まずは浅草への特急「りょうもう」が頻繁に走る重要路線である桐生線を完乗。。途中には、難読駅の治良門橋(じろえんばし)や温泉で知られる藪塚などの駅がある。

赤城駅は旧大間々町(現みどり市)の中心駅である。それでは、何故駅名が「大間々」ではなく「赤城」なのか。もともと開業当時は「新大間々」という駅名だったらしいが、昭和33年に赤城山の観光開発を進めるにあたって、「赤城」に改称したとのこと。

若干誇大広告くさい名前を名乗っているが、地元の地名に敬意を表する形で「おおまま赤城駅」の文字が掲げられた赤城駅から、昨日に続け二度目となる上毛電鉄で西桐生に向かう。今回の車輌はクリスマスのデコレーションが施された「クリスマストレイン」だった。

西桐生からは昨日と同じく徒歩でJRの桐生駅に向かい、そこから両毛線で伊勢崎へ。伊勢崎駅はつい最近JRホームの高架化が完成したところで、これから東武のホームの高架化工事を進めるとのこと。

乗り換え時間が30分近くあるので、名物の「焼きまんじゅう」を売る店はないかと駅前を探したが、残念ながらそのような店は伊勢崎駅近辺にはなかった。

代わりに、駅近くの和菓子屋で「かりんとうまんじゅう」なるものを購入。某人気番組曰く、群馬県の新名物らしい。

伊勢崎からの太田行きは、850系3両編成のワンマン列車だった。かつては浅草への直通準急が頻繁に走っていた伊勢崎線の末端区間だが、4年前のダイヤ改正で久喜と太田を境に運転系統の分割が行われて以降、太田~伊勢崎間の特別料金不要列車はこの区間だけで完結する普通電車のみとなってしまった。

太田で特急「りょうもう30号」に乗り換え、悠々と浅草に向かう。途中の館林で、めでたく東武鉄道全線完乗を達成。車内で「かりんとうまんじゅう」と缶コーヒーで完乗を祝った。
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太田焼きそば

西小泉1134→(東武小泉線館林行き)→1137東小泉1140→(東武小泉線赤城行き)→1149太田

西小泉からの折り返し電車は、2駅目の東小泉でホーム向かい側に停車中の赤城行きに接続していた。東小泉~赤城間の普通電車も1時間に1本の運転という。

10分ほどの乗車で、中島飛行機改め富士重工業の企業城下町・太田に到着。東武伊勢崎線、桐生線、小泉線が交わる交通の要衝・太田駅は最近高架化されたばかりの新しい駅だった。

昼食に、名刹・大光院の近くにある店で名物「太田焼きそば」をいただく。肉かすの旨味が染み付いた美味しい一品だった。
東武小泉線
館林1112→(東武小泉線西小泉行き)→1130西小泉

東武小泉線は日中1時間に1本のローカル線である。始発の館林では伊勢崎線や佐野線からの接続客が続々と乗り込んできたが、8000系2両編成の車内には若干の空席が見られた。

終点の西小泉駅は、ブラジル人が数多く居住する群馬県大泉町にある。そのため、駅の切符売り場にはポルトガル語で書かれた主要駅までの運賃表や注意書きがあった。

小泉線の線路はここから先、利根川を渡って熊谷まで伸びる予定だったという。だが、太平洋戦争時の物資不足など諸般の事情があり熊谷への鉄道延伸は叶わず、現在はバスが西小泉と熊谷を結んでいる。
東武佐野線
館林909→(東武佐野線普通葛生行き)→944葛生1010→(東武佐野線普通館林行き)→1047館林

館林から、栃木県佐野市の葛生駅に通じる支線・佐野線を往復する。

ラーメンで有名な佐野市の市街地を抜けた電車は、多田付近から山あいに入る。車窓に石灰石関係の工場が目立つようになると、鉱業の町・葛生はもう目の前だ。
伊勢崎線の区間急行
春日部822→(東武伊勢崎線区間急行館林行き)→904館林

東武10030系の区間急行に乗車中。北春日部と姫宮を通過し、東武動物公園からは各駅停車。

東武動物公園から北の区間が、今回の乗り潰し対象区間である。
おはようございます
大宮758→(東武野田線柏行き)→820春日部

多少寝坊したが、おなじみの東武8000系で大宮を出発。春日部での2分接続は成功するか?
上毛電鉄


中央前橋915→(上毛電気鉄道西桐生行き)→1007西桐生

起点の中央前橋駅の駅舎は、数年前に建て替えられたばかりの斬新な建物。女性の駅長と職場体験の男子中学生が温かく迎えてくれた。中学生君に鋏を入れてもらった切符を片手に、ホームに入る。

車輌は元京王井の頭線3000系を譲り受けた700形。私が乗ったのは「はしる水族館」と銘打たれ、水族館をイメージした青色ベースに海の生き物がたくさん描かれた内装の編成だった。ちなみにこの700形、編成ごとに前面上部のカラーリングが異なっているが、「はしる水族館」号は黄色いマスクをかぶっていた。

前橋市、桐生市郊外の住宅地と農地が混雑する風景のなかを走った列車は一時間ほどで終点の西桐生に到着。1928(昭和3)年の開業当時に建てられた可愛らしいレトロ駅舎が静かに佇む駅だ。

ここから350m歩くとJR・わたらせ渓谷鉄道の桐生駅。



両毛線で前橋へ
高崎836→(両毛線普通小山行き)→851前橋901→(日本中央バス)→906ごろ中央前橋

めでたく上信電鉄を完乗したあと、高崎駅構内のカフェで慌ただしく朝食を済ませ、次のターゲットである上毛電鉄へ向かう。

両毛線の小山行きは湘南色の115系。つい10年ほど前までは、首都圏のど真ん中で普通に目にすることができた車輌である。ボックスシートが並ぶ車内に入ると、心なしかほっとする気がした。

JRの前橋駅と上毛電鉄の中央前橋駅を結ぶシャトルバスは、かつて存在した東武前橋線の路面電車をモチーフにしたレトロ調のバスだった。正味5分の乗車時間でガラス張りの中央前橋駅に到着。
下仁田
下仁田709→(上信電鉄上信線高崎行き)→809高崎

神農原(かのはら)、南蛇井(なんじゃい)とこれでもかと言うぐらいの珍名駅に続けて停まった電車は、千平から森林の中をくねくね曲がり、終点下仁田に到着。

下仁田駅は1面2線の行き止まり式ホームにひなびた木造駅舎がくっついた終着駅。かつてはここから長野県佐久地方までレールを伸ばす計画もあったと聞くが、見果てぬ夢に終わり久しい。

17分の折り返し時間の後、高崎に戻る。2両ワンマンの電車はところどころに作られた特産の下仁田ネギの畑を見ながら、上州平野に向け下って行く。
上信電鉄上信線下仁田行き始発

京都2140→(日本中央バスシルクライナー)→500(530)高崎552→(上信電鉄上信線下仁田行き)→652下仁田

京都から乗車した日本中央バスは、名神高速、東名高速、中央道、上信越道を経て定刻より30分早く高崎駅東口に到着。ちなみに道中のトイレ休憩は3回。JRや大手民鉄のバスと比べて多めに休憩を取っているように感じられた。

夜明け前の高崎駅で小一時間待ち、上信電鉄の始発に乗りこむ。
5時52分、下仁田行きの始発電車は、民謡をアレンジしたオルゴールとともに高崎駅0番線を後にした。

車輌は元西武701系を譲受した150系。ご当地の特産品であるこんにゃくの加工品で有名な「マンナンライフ」の広告電車となっていた。まもなく馬庭。
日本中央バス
自宅最寄り駅2030(2016)→(福知山線普通高槻行き)→2034(2020)尼崎2035→(東海道本線快速)→2040大阪2045→(東海道本線新快速野洲行き)→2115(2120)京都

21時40分、日本中央バスの夜行高速バスで京都駅八条口新都ホテル前を出発。
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