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中央線と青梅線
四ッ谷1431→(中央線中央特快高尾行き)→国分寺→(中央線・青梅線快速青梅行き)→青梅

かつての地元だった東京三多摩地区を東西に縦貫する中央線と青梅線。快速系統の車輌がオールE233系化されても、おなじみの路線であることに変わりはない。

ある意味幼なじみのような街並みを眺めながら西へ移動中。ただいま河辺。
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埼玉高速鉄道2000系急行日吉行き
浦和美園1343→(埼玉高速鉄道・東京メトロ南北線急行日吉行き)→1426四ッ谷

埼玉高速鉄道の終着駅・浦和美園はJリーグ浦和レッドダイヤモンズの本拠地で、2002年サッカーW杯はじめ数々の国際試合の舞台となった「埼玉スタジアム2002」の最寄り駅である。駅構内のあちこちに、レッドダイヤモンズを応援するスローガンが掲げられていた。Jリーグでは一応地元のヴィッセル神戸ファンと名乗っている私も、見ていて気持ちがとても熱くなってきた。

浦和美園へのサッカーファン輸送に欠かせない足、埼玉高速鉄道が保有する車輌は2000系。かつて長野県のしなの鉄道で経営立て直しに活躍した杉野正氏を社長に迎え入れてから、車内のドア上に広告用のモニターが付けられた。同様のモニターは、しなの鉄道の115系にも取り付けられており、所変われど「杉野流」は変わらないものだと実感。
三田線が済んだら南北線
西高島平1223→(都営三田線普通白金高輪行き)→1246巣鴨1252→(山手線外回り)→1254駒込1258→(東京メトロ南北線・埼玉高速鉄道線普通浦和美園行き)→浦和美園

西高島平からの三田線電車は、各駅でお客を拾い、「おばあちゃんの原宿」こと巣鴨に到着。山手線に乗り換えるのか、はたまたとげぬき地蔵を目指すのか、多くの乗客がこの駅で下車した。

私は山手線外回りで1駅目の駒込に移動し、そこから東京メトロ南北線を北上、さらに直通先の埼玉高速鉄道・浦和美園駅まで行くことに。
都営三田線高架区間
志村三丁目から高架線に上がった電車はしばらく下町の中を進む。

高島平~新高島平付近で昭和40年代に建設された「高島平団地」のマンション群を左手に望み、終点西高島平に到着。

12時23分発の白金高輪行き電車ですぐに折り返し。車輌は往路と同じ東急の3000系。
都営三田線乗り潰し
大手町1144→(都営三田線普通西高島平行き)→1219西高島平

大手町からは都営三田線に乗り換える。都営三田線のうち神保町から北の区間は未乗なので、今日この機会に乗り潰してしまおうというわけだ。

水道橋から西高島平まで30分、一瞬気が遠くなりそうになったが、板橋区内で高架区間に入るのを楽しみに待つことにした。それまでしばしの辛抱である。
小田急4000系(2代目 )
西日暮里1127→(東京メトロ千代田線多摩急行唐木田行き)→1137大手町

西日暮里駅前のマクドナルドで昼食後、千代田線で都心へ。

多摩急行唐木田行きとしてやってきた電車は小田急の新鋭4000系だった。ドラえもんを連想させる水色マスクが印象的な車輌。車内はE233系の流れを汲んだ明るい内装で仕上げられており、なかなか快適に過ごせそうな感じである。
日暮里舎人ライナー

見沼代親水公園1038→(日暮里舎人ライナー日暮里行き)→1056西日暮里

日暮里舎人ライナーの沿線である足立区舎人地域とその周辺では、近年に至るまでバス以外の公共交通機関が存在しなかった。そのため23区内の他地域と比べて開発が遅れ、2010年現在も23区内にしては珍しく、農耕地が目立つ緑豊かな風景が残っている。

悲願の軌道系交通機関開業により、地元住民の利便性は飛躍的に向上。今後の地域全体のさらなる開発も期待されるようになった。

まもなく西日暮里。スカイツリーってもう下の展望台の部分まで完成してるんですね。
今日ここまでの流れ
日暮里1015→(日暮里舎人ライナー見沼代親水公園行き)→1035見沼代親水公園

朝7時30分頃に浅草橋のホテルをチェックアウトした後、舞浜のディズニーリゾートラインと上野の都営モノレールを乗り潰す。一見遊園地の乗り物みたく思えてしまう2つの路線だが、れっきとした鉄道なので、日本の鉄道全線を完乗するためには必ず乗らないといけない路線である。

今は日暮里舎人ライナーの車内。西新井大師西駅を発車したところ。
山万ユーカリが丘線

京成成田1631→(京成本線特急京成上野行き)→1643京成佐倉1645→(京成本線快速羽田空港行き)→1652ユーカリが丘1710→(山万ユーカリが丘線ユーカリが丘行き)→1716中学校…(徒歩)…女子大1738→(山万ユーカリが丘線ユーカリが丘行き)→1747ユーカリが丘

芝山千代田から京成3700系を乗り継ぎ、佐倉市のユーカリが丘駅に到着。

ここユーカリが丘の駅前にはニュータウンが広がっているが、このニュータウンを開発したディベロッパー会社「山万」が駅とニュータウンの間で新交通システム「ユーカリが丘線」を運行している。

車輌は1982(昭和57)年の開業に合わせて導入された白地に緑帯の3両編成。ユーカリが丘の地名に因んで「こあら1号」、「こあら2号」といった愛称が付けられている。私が乗車したのは「こあら1号」だった。


ニュータウンにこの鉄道が開業して、今年で28年になるが、時代とともに首都圏の住宅事情も大きく変化。都心回帰の流れが進んだためか夢のニュータウンにも未分譲のまま売れ残っている土地が見られた。今後このニュータウンと新交通システムが、インフラの老朽化や住民の高齢化といった課題を乗り越え、末永く栄えていくことを願いたいものである。

芝山鉄道乗り潰し



空港第2ビル…(徒歩)…東成田1601→(芝山鉄道普通芝山千代田行き)→1604芝山千代田1617→(芝山鉄道・京成東成田線普通京成成田行き)→1627京成成田
駅の旅行センターの職員さんに、空港第2ビル駅から東成田駅までの道筋を教えてもらい、500mの長い地下通路を延々歩く。

やってきた芝山千代田行きの電車は新鋭3700系。もう少し古い車輌が来るのではないかと予想していたので若干びっくりした。

芝山鉄道は総延長3kmにも満たない「日本一のミニ鉄道」。成田国際空港の誘導路の下を地下トンネルでくぐり、わずか3分で空港の敷地に隣接した終点芝山千代田駅に到着。
ここ芝山町に遺跡があるということで、駅前には埴輪のオブジェが建っていた。

帰りの成田行きには東成田からまとまった数の乗客が乗り継いできた。乗降客がたいへん少ない駅とは聞いていたが、空港勤務者の利用がそこそこあったりするのだろう。。

成田空港へ。
成田1533→(快速エアポート成田成田空港行き)→1541空港第2ビル

成田は成田山新勝寺の最寄り駅、同山の紋章が描かれた提灯が出迎えてくれた。

そろそろ車の祈祷に行かないとなあと考えつつ、快速「エアポート成田」に乗車する。車内は意外に空いている。以前京成の一般特急で成田空港に行く機会があったが、明らかにそちらの方が混んでいたなあという印象。
成田線雑感

我孫子1446→(成田線普通成田行き)→1528成田

成田線の我孫子~成田間は、全ての列車が常磐線の快速と共通運用のE231系5両編成で運転されており、車輌だけみれば典型的な通勤路線である。

実際、沿線には成田までびっしり住宅地が広がっており、意外に人家が多いという印象を受けた。このあたりから都内に通っている人もさぞ多いのだろう。

それから、この区間には、木下(きおろし)や安食(あじき)、下総松崎(しもうさまんざき)など何故か難読駅名が多かった。旅行して難読の駅名に触れるたび、その土地の風情を肌で感じることができるのは結構楽しいものである。
常磐線特別快速は我孫子を通過
佐貫1417→(常磐線特別快速上野行き)→1424取手1428→(常磐線快速上野行き)→1435我孫子

めでたく佐貫で関東鉄道を完乗した私だが、次なる目的地は成田国際空港。これから取手と我孫子、成田と計3回の乗り換えが待っている。

しかし、何故に常磐線の特別快速は我孫子に停車しないのだろうか。成田線との乗り換え需要があるだろうに…と思えてならないが、更なるスピードアップのためにはやむを得なかったのだろう。
関東鉄道竜ヶ崎線

佐貫1353→(関東鉄道竜ヶ崎線竜ヶ崎行き)→1400竜ヶ崎1405→(関東鉄道竜ヶ崎線佐貫行き)→1412佐貫

佐貫で常磐線上野行きを下車した私は、ここから竜ヶ崎までわずか2駅のローカル支線・関東鉄道竜ヶ崎線を往復する。ごく短距離のローカル線だが、常磐線沿線と龍ヶ崎市中心部を結ぶ重要な足というわけでそこそこ多くの利用がある様子。1両ワンマンの車内は座席がさらりと埋まる程度の混み具合だった。
常磐線E531系各駅停車の旅
水戸1231→(常磐線快速上野行き)→1347佐貫

水戸からは常磐線の上野行きに乗車。車輌はE531系。常磐線の中距離電車が全てこの系列に統一されてから、早いものでもう3年になる。中距離電車の車輌置き換えが済んだのは、たしか鹿島鉄道が廃止になったのと同じぐらいの時期だった。

13時17分に土浦に到着。ここでは13時23分発の特急「フレッシュひたち」を先に通すため、13分の長時間停車となる。

ちなみに、今さっき新潮社の「日本鉄道旅行地図帳」を開いて気づいたのだが、土浦駅って霞ヶ浦の湖岸からすぐ近くにあるんですね…
水戸駅名物納豆そば

水戸に到着後、ご当地メニューの「ねばり丼」を出しているお店はないかと駅ビルの中を捜索したが、飲食店はあれど、あいにくそのようなメニューを出しているお店はなかった。

ねばり丼が見つからないのならというわけで、去年3月ひたちなか海浜鉄道に乗りに行った時昼食に食べたこのメニューを1年ぶりに味わってみることにした。水戸駅の駅蕎麦屋で売られている「納豆そば」である。関東風の濃い出汁と納豆の粘りがたまらない一品。
鹿島臨海鉄道
新鉾田1117→(鹿島臨海鉄道水戸行き)→1200水戸

鹿島臨海鉄道大洗鹿島線は1980年代、国鉄末期に開業した比較的新しい路線である。この時期に開業した他の多くの第三セクター鉄道、JRの路線と同様、高架線とトンネルが多い高規格な路盤が特徴的だ。

途中、大洗と東水戸で対向列車と行き違い、11時59分に水戸に到着。これにて鹿島臨海鉄道線は完乗。
3年ぶりに訪ねた鉾田駅
茨城空港→(タクシー)→小川1005→(関鉄グリーンバス)→1100鉾田…(徒歩)…新鉾田1117→(鹿島臨海鉄道水戸行き)→1200水戸

鉾田駅までの関鉄グリーンバス車内からは、随所で鹿島鉄道の廃線跡を眺めることができた。廃線からまだ3年しか建っていないということは、それなりに鉄道の痕跡も残っているわけで、小川駅のように駅時代の建造物が跡形もなく撤去されている場所がある一方、榎本駅や坂戸駅周辺などまだレールが残っている箇所も数ヶ所あった。

終点の鉾田駅は、関鉄グリーンバスのターミナルになっていた。残念ながら、昭和初期の味のある建築として鉄道ファンに親しまれた駅舎はすでに解体されていたが、2面のホームと間に挟まれた線路は健在であった。さらに嬉しいことに、駅舎内で営業していた鯛焼き屋と蕎麦屋も、駅前の建物に移って盛業中だったが、今回はあまりに時間が無いため鯛焼きを食べるのは断念する。

鉾田駅からは小走りで移動し、鹿島臨海鉄道の新鉾田駅から11時17分発の水戸行き列車に乗車。
茨城空港にて、かしてつを偲ぶ

茨城空港には10分遅れで到着。慌ただしく搭乗機とターミナルビルを撮影し、到着ロビー前で客待ちをしていたタクシーに飛び乗る。

12分ほどで、かつての鹿島鉄道常陸小川駅跡地、現在は関鉄グリーンバスの「小川駅」と呼ばれている場所に到着。駅舎も線路も撤去され、荒れ果てた駅跡に建つトタン張りの小屋で数分待つと、10時05分発鉾田駅行きの関鉄グリーンバスがやってきたのでこれに乗る。今はかつての八木蒔駅付近。

ちなみに茨城空港から小川駅までタクシー2510円。距離の割に高すぎる…
スカイマーク茨城行き
神戸空港820→(SKY182)→935茨城空港

機材はB737-800(JA737K)。ウイングレットの無い初期導入の機体である。

搭乗率は見た感じ9割程度
スカイマーク茨城行き
神戸空港820→(SKY182)→935茨城空港

機材はB737-800(JA737K)。ウイングレットの無い初期導入の機体である。
朝のポートライナー
自宅最寄り駅702→(阪急神戸線通勤特急新開地行き)→722三宮727→(神戸新交通ポートアイランド線普通神戸空港行き)→746神戸空港

神戸空港朝出発のフライトを利用するため、普段仕事に出る時よりも早い時間帯の電車で旅立つ。この時間のポートライナーは、ポートアイランドに通勤する人たちで結構混んでいる。
昨日の完乗路線
・岳南鉄道線

・伊豆箱根鉄道駿豆線

・伊豆箱根鉄道十国峠ケーブルカー

・伊豆箱根鉄道大雄山線

・伊豆急行線

これにて静岡県内の鉄道は、JR・私鉄ともに完乗。神奈川県内の私鉄未乗路線も、残るは大山観光電鉄だけとなった。
ひかり523号は300系
小田原1809→(ひかり523号)→2016京都2024→(京都市営バス206系統)→百万遍

静岡・神奈川両県でのミッションを終え、貴重な小田原停車の「ひかり523号」で関西に戻ることにするが、この列車は今や廃車が進んでいる300系で運転されていた。

ところで、現在26歳の私にとって、この300系新幹線は、華々しくデビューした当初をリアルで知っているだけに、あたかも永遠に最新鋭の車輌であるかのように思えてしまう存在である。それだけに、彼らとほぼ同世代にあたる山形新幹線の400系が先日全車退役したと聞き、俄に信じられない思いだ。
ロマンスカーと大雄山線

熱海1600→(東海道本線快速アクティー東京行き)→1622小田原1636→(伊豆箱根鉄道大雄山線大雄山行き)→1657大雄山1702→(伊豆箱根鉄道大雄山線小田原行き)→小田原

熱海からの快速アクティーで小田原に到着しようとしていた私を、思いがけぬ列車が待っていた。

小田急10000系ロマンスカー「HISE」。特殊な車体構造ゆえにバリアフリー化がしにくいこと、後継車輌が登場などしたことにより、近年一編成を除き長野電鉄への譲渡、もしくは廃車という道をたどった車輌である。

この小田急に最後まで残ったHISEが、たまたま「はこね」の運用で小田原に来ていたのだ。数分停車した後、終着駅の箱根湯本に向けて発車するのを見送った。

その後大雄山線のホームに移動すると、どこからかミュージックホーンの音色が響いてきた。東京メトロ千代田線への直通用に製造された最新鋭のロマンスカー、60000系「MSE」である。

短時間に連続して新旧のロマンスカーを目撃できるなんて、小田急は楽しいなあと感激し、大雄山線車中の人となる。

大雄山線は神奈川県西部の一大ターミナルである小田原と、南足柄市の大雄山を結ぶローカル私鉄路線。ただ、車輌が全て自社発注の5000系に統一されており、全線でPASMOが導入されるなど、ローカル私鉄の中でもかなり近代化が進んでいる路線のように思われた。
十国峠ケーブルカー


熱海1320→(伊豆箱根鉄道バス十国峠行き)→1353十国峠登り口1404→(伊豆箱根鉄道十国峠ケーブルカー十国峠行き)→1407十国峠1448→(伊豆箱根鉄道十国峠ケーブルカー十国峠登り口行き)→1451十国峠登り口1502→(伊豆箱根鉄道バス熱海駅行き)→1540ごろ熱海

熱海駅前から十国峠登り口へは、伊豆箱根鉄道のバスが運行されているが、この日はGWのためか臨時便が走っているとのことで、おかげで当初の行程で考えていたバスよりも早い便に乗ることができた。

別荘地やゴルフ場が広がる熱海の裏山、急なカーブが続く坂道をライオンズカラーのバスはゆっくりと登り、約30分で十国峠登り口に到着。

ここから伊豆箱根鉄道のケーブルカーで十国峠に登る。十国峠の名前の由来は、かつて頂上から、伊豆、駿河、遠江、信濃、甲斐、相模、武蔵、上総、下総、安房の10国が見えたことだそうだが、あいにくもやがかかっているためかそこまで広い範囲のパノラマを見ることはかなわなかった。それでもケーブルカーの十国峠駅付近からは、富士山や愛鷹山、湯河原や熱海の美しい眺望を楽しむことができた。

ところで、ケーブルカー十国峠駅の売店で、「わさびソフトクリーム」なるものを売っていたのですかさず注文した。出てきたものはソフトクリームと寿司や刺身の盛り合わせに付いてきそうなわさびの固まりで、お店のおばさん曰くこれを混ぜ合わせて食べて下さいとのこと。ソフトクリームとわさびの配分を間違え、最後の方はわさびの固まりばかりが残る結果になったが、それを差し引いてもなかなか乙な味だった。
伊豆急行8000系

河津1106→(伊豆急行普通伊豆急下田行き)→1120伊豆急下田1145→(伊豆急行・伊東線普通熱海行き)→1309熱海

修善寺からの東海バスが河津に着いたのは10時37分。伊豆急下田へは10時54分のスーパービュー踊り子がほどよい待ち時間で接続するが、あいにく全車指定席と言うわけで、一本後の普通列車を利用することに。

せっかく伊豆急行に乗るのだから、どうせならリゾート21に乗りたいところだが、やってきたのは一般型車輌の8000系だった。8000系のクロスシートで、春の伊豆半島の汽車旅を楽しむとする。
痛恨の居眠り
修善寺910→(東海バス河津行き)→1037河津
修善寺から、天城峠越えのバスで伊豆急行線の河津まで移動することにしたが、前夜の夜行バスでの寝不足が祟り、肝心の天城越えのトンネルで爆睡してしまうという失態を演じてしまった。

不幸中の幸いというのか、その後の河津七滝のループ橋通過は起きて見届けることができたのがせめてもの救いである。
伊豆箱根鉄道駿豆線

三島820→(伊豆箱根鉄道駿豆線修善寺行き)→855修善寺

三島8時20分発伊豆箱根鉄道駿豆線修善寺行きの車輌は自社発注の7000系。JRの211系、213系によく似たスタイルをしているが、転換クロスシートを装備した豪華な車である。

ただいま三島田町を発車。
三島市の中心部へはJRの三島駅よりもこちらと一駅前の三島広小路が近い。
三島へ移動中
神谷724→(岳南鉄道吉原行き)→742吉原748→(東海道本線普通三島行き・クハ210-5045)→812三島

無事岳南鉄道への訪問を終え、吉原から東海道本線の三島行き普通列車に乗車。車輌は今朝沼津から吉原まで乗車した列車と同じく、ロングシートの211系だ。

次の目的は、三島から出ている伊豆箱根鉄道の駿豆線である。
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