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20091219-20西九州旅行行程表
1日目
自宅最寄り駅1006→(阪急伊丹線伊丹行き)→1013阪急伊丹1017→(伊丹市営バス大阪国際空港行き)→大阪国際空港1140(1130)→(ANA1653便)→1255佐賀空港1325(1310)→(佐賀市営バス準急佐賀駅バスセンター行き)→1358ごろ(1345)佐賀駅南口…(徒歩)…佐賀1402→(特急みどり13号)→1437有田1448→(松浦鉄道西九州線普通伊万里行き)→1513伊万里1536→(松浦鉄道西九州線普通佐世保行き)(途中たびら平戸口にORITADE)→1745中里…(徒歩)…本山1803→(松浦鉄道西九州線普通佐世保行き)→1809野中1813→(松浦鉄道西九州線普通佐々行き)→1814皆瀬1827→(松浦鉄道西九州線普通佐世保行き)→1847佐世保…(東横イン佐世保駅前に投宿)…佐世保1910→(松浦鉄道西九州線快速佐々行き)→1913佐世保中央…(ビッグマン・ラッキーズ京町店で佐世保バーガーの夕食)…中佐世保2036→(松浦鉄道西九州線普通佐世保行き)→2039佐世保…(ホテルRESOLで佐世保バーガーの夕食)…(東横イン佐世保駅前泊)
2日目
佐世保754→(快速シーサイドライナー)→929浦上…(徒歩)…茂里町→(長崎電気軌道本線赤迫行き)→944長崎大学前…(徒歩)…若葉町953→(長崎電気軌道本線赤迫行き)→954昭和町通り…(徒歩)…千歳町1000→(長崎電気軌道本線赤迫行き)→1002住吉…(徒歩)…赤迫1011→(長崎電気軌道赤迫線・本線・桜町支線蛍茶屋行き)→1035公会堂前1038ごろ→(長崎電気軌道蛍茶屋支線石橋行き)→1040賑橋…(眼鏡橋・中島川観光)…賑橋1055ごろ→(長崎電気軌道蛍茶屋支線・本線正覚寺下行き)→1104正覚寺下…(ツル茶んでRyomaトルコとミルクセーキの昼食)…観光通り1216→(長崎電気軌道本線赤迫行き)→1224ごろ出島…(出島観光)…市民病院前→(長崎電気軌道大浦支線石橋行き)→大浦天主堂下…(全日空ホテルで休憩、大浦天主堂・グラバー園を観光)…石橋1546ごろ→(長崎電気軌道大浦支線蛍茶屋行き)→1550ごろ築町…(中華街散策)…長崎新地ターミナル1619→(長崎県交通局リムジンバス長崎空港行き)→1655長崎空港1812(1745)→(ANA168便)→1912大阪国際空港1944→(伊丹市営バス伊丹行き)→2005ごろ阪急伊丹2016→(阪急伊丹線塚口行き)→2022自宅最寄り駅
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帰宅
長崎空港1812(1745)→(ANA168便)→1912大阪国際空港1944→(伊丹市営バス伊丹行き)→2005阪急伊丹2016→(阪急伊丹線塚口行き)→2022自宅最寄り駅

九州の鉄道完乗の旅は多少のトラブルこそあれど大団円を迎え、ようやく地元に帰りついた。
祝・九州の鉄道全線完乗
本日11時04分、長崎電気軌道正覚寺下電停にて九州の鉄道全線完乗を達成。

詳細は後ほど。
佐賀空港
佐賀空港1325(1310)→(佐賀市営バス準急佐賀駅バスセンター行き)→(1345)佐賀

13時05分に有明佐賀空港に到着。

伊丹で預けた荷物がなかなか出てこず、接続のバスに乗れない可能性が出てきたが、バスの方が15分待ってくれたので何とか乗車することができた。

開港から11年、当初はその存在意義に対して疑問を投げ掛けられることも多かった佐賀空港であるが、空港前の駐車場には車がずらりと並び、空港と佐賀の市街地を結ぶ市営バスにもそこそこの客が乗っていた。

すっかり地元に定着した感のある佐賀空港をこれからも応援したい。
いよいよ搭乗
11時30分ごろ、搭乗案内があり連絡バスに乗り込む。

ボンバルディアDHC-8-Q400の導入による増便と佐賀県当局による利用促進策が幸いし、ANA大阪~佐賀便の搭乗率は大きく好転した様子。
ANA1653便出発遅延
大阪国際空港1140(1130)→(ANA1653便)→1255佐賀空港

佐賀行きANA1653便は使用機材の到着遅れにより出発が10分遅延するとのこと。佐賀空港で予定している佐賀駅行きの連絡バスに乗れるかどうか心配になってきた。
今年の飛び納めは西九州へ
自宅最寄り駅→(阪急伊丹線伊丹行き)→1013阪急伊丹1017→(伊丹市営バス大阪国際空港行き)→大阪国際空港

今年の旅行納めは、有明佐賀空港の初利用と九州の鉄道(JR・私鉄・ケーブル)完乗を達成するための西九州旅行となった。

ただいま伊丹市バスで大阪国際空港に向かうところ。JR伊丹・阪急伊丹から大阪国際空港に向かう伊丹市バスは普段にもまして混雑していた。
ANAモヒカンジェット・大阪国際空港へ飛来
ANA・B767-300「モヒカンジェット」(1)
ANA・B767-300「モヒカンジェット」(2)
ANA・B767-300「モヒカンジェット」(3)

復刻!「ANAモヒカンジェット」が期間限定で就航(ANAのHP)

日本を代表するエアライン・ANA全日空が、1969年から89年まで飛ばしていた水色と白の塗り分けの飛行機。

飛行機の屋根上に塗られた水色の帯が、髪型の「モヒカン刈り」を想わせるというわけで、飛行機ファンの間では「モヒカン塗装」と呼ばれて親しまれていました。

そのカラーリングがこのたび、2013年までの期間限定で復活を果たしました。ANA国内線の主力機であるボーイングB767-300型機のうちの1機(機体番号JA602A)が特別に「モヒカン塗装」に塗り替えられ、「モヒカンジェット」の名前で空を飛ぶことになったわけです。

初就航は12月1日の東京~宮崎線。しばらくは東京~宮崎・鹿児島線での運用が中心になるとのことで、関西で姿を拝むのは難しいかなあと思っていたところ、12月5日土曜日にとある筋より、この飛行機が明日の羽田発伊丹行き23便と、折り返し伊丹発羽田行きの28便で大阪国際空港にやってくるという情報を耳にしました。
というわけで、次の日6日日曜日の昼すぎに大阪国際空港西側の伊丹スカイパークまで撮影に。

スカイパークに着くと、お目当てのモヒカンジェットはすでにターミナルで出発を待っていました。子供のころ、絵本で見て「むかしのぜんにっくう」と呼んでいた水色と白の飛行機を実際に目にして思わず感極まりました。

ちなみに「モヒカンジェット」の機内では、モヒカン塗装の飛行機が主力だった時代に使われていたものと同じデザインの紙コップで飲みものがサービスされているとか。実際にモヒカン塗装の飛行機が主役を張っていた時代を知らない身だけど、古き良き時代の雰囲気を味わうべく一度乗ってみたいところです。

テーマ:飛行機(航空機) - ジャンル:旅行

CX564便で帰国【2009年秋台湾旅行(18)】
台湾桃園国際空港1555→(CX564便)→1905関西国際空港1935→(関西空港交通リムジンバス)→2037尼崎2052→(福知山線普通新三田行き)→自宅最寄り駅

台湾ビールで少々酔った状態で書籍やCDを買って外貨を使い切った後、搭乗開始時刻の15時30分ギリギリに第一航廈B6番搭乗口に到着。

搭乗口前で台湾の友人に電話をかけた後、機内に入る。機材はB777-300(機体番号B-HNI)。座席は34K。

離陸後、眼下に見える台湾北部の風景を望みつつ、次会えるのはいつの日かなどと思いにふけるうち、機体はいつの間にか雲の中に入っていた。

この日は台湾も日本本土も曇りがちで巡航中は外の景色をほとんど楽しめなかったのが残念だった。
その分稲垣潤一の「クリスマスキャロルの頃には」やB'zの「いつかのメリークリスマス」などウィンターソング盛りだくさんの機内オーディオを楽しんだり、デザートに台湾名産の「パインケーキ」が付いた機内食を味わったりするうち2時間の飛行時間はあっと言う間に過ぎ去った。日本時間18時57分に関西国際空港に着陸。

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最後の昼餐【2009年秋台湾旅行(17)】
20091205101208
20091205101206
高鉄桃園駅から往路同様に統聯客運の黄緑のバスで空港に向かい、キャセイパシフィック航空のカウンターでチェックインを済ませひとまず身軽な状態に。

第一航廈出国審査場入口前のレストランで、有線放送のBoAを聴きながら牛肉麺と台湾ビールで遅めの昼食にする。空港内のレストランとあり高めの値段だったが、格別の味であった。
台北駅【2009年秋台湾旅行(16)】
中山→(台北捷運淡水線新店行き)→台北車站…(徒歩)…台北1306→(台湾高鉄441次)→1328高鉄桃園1335→(統聯客運バス)→1355台湾桃園国際空港

捷運の台北駅と台鉄・高鉄の台北駅の間にある地下街にある露店で、倖田來未の「ECSTASY」がかかっていた。

昨日マイミクさんにタピオカミルクティーをおごってもらった高雄の店では浜崎あゆみの「Real me」が流れており、日本の歌姫の台湾での支持の高さを身をもって実感した。

台北駅では1階の鉄道グッズ屋で鉄道関係の書籍を購入し、2階のフードコート街を少々冷やかした後、13時6分発の左営行き高鉄441次列車に乗り込む。これで台北の街ともしばらくお別れだ。淡水河を渡る車内でGIRL NEXT DOORの「偶然の確率」を聴きながら1人感傷に浸る。
迪化街と縁結びの神様【2009年秋台湾旅行(15)】
20091203230913
中山933→(台北捷運淡水線淡水行き)→935雙連…(迪化街・霞海城皇廟・古早味豆花)…台北…(歴史建築巡り…西門→(台北捷運板南線南港行き)→台北車站→(台北捷運淡水線)→中山

二泊三日の台湾旅行もいよいよ千秋楽。ホテルで美味しい朝がゆをいただいてから出発する。

まずは中山から雙連まで捷運に1駅乗車する。雙連駅から民生西路を西に15分ほど歩き、清朝時代からの繁華街である迪化街にたどり着いた。

日本統治時代に建てられたとみられるバロック造りの漢方薬屋や乾物屋が並ぶ通りを進むと、左手に小さな廟が見えてきた。

「霞海城皇廟」商売と縁結びの神様として台北では有名な廟で、日本語ペラペラの係員に手伝ってもらい祈祷を済ませた。

良縁に恵まれるようお願いした後は、来た道を5分ほど雙連駅の方に戻り、ガイドブックに載っていた「古早味豆花」で朝から台湾スイーツを楽しむ。
注文したのはパイン味のナタデココが入った豆花。豆花そのものの味は甘ったるくなく、冷たく甘いスープとあわせて食べてもあっさりした味わいだった。

豆花を食べた後は台北駅まで捷運2駅分に相当する距離を歩き、台北駅近くの歴史建築(北門、台北郵局、中山堂)を見て歩いた。

中山堂に程近い西門駅から捷運に乗り、ホテルに預けていた荷物を回収した後、ホテルに程近い林森北路の「李製餅家」で自宅への土産のパインケーキを購入。このお店で土産を買うのもかれこれ3度目である。
台湾高鉄の商務車で台北へ【2009年秋台湾旅行(14)】
左営2006→(高鉄170次)→2146台北2150→(台北捷運淡水線北投行き)→2154中山

日本の新幹線で言うとグリーン車に相当する台湾高鉄の商務車。日本ではおいそれと手を出せない新幹線のグリーン車だが、台北~左営(高雄)間の運賃は日本円に換算して約6000円。何ともお手頃な値段でグリーン車のサービスを楽しめるというわけでこの機会に乗車した。

左営を発車直後にアテンダントさんがやってきて、飲み物とお菓子をサービスしてくれた。飲み物は紅茶を、お菓子はピーナッツを注文したが、他にもいろいろ種類がある様子。

各座席にはオーディオサービスの操作パネルが付いており、そのなかにはJ-POPと台湾POPのチャンネルもあり、CHEMISTRYの曲が流れていた。

座席を倒し、1時間半ほどうつらうつらの状態で過ごし台北着。捷運中山駅付近の常宿にチェックインする。

若干疲れてはいたが、寝る前にホテルの周辺を少し散策。林森北路のガイドブックに載っている店で担仔麺を食べたり、コンビニでお土産を物色したりして最後の夜を楽しんだ。
台湾で吉野家【2009年秋台湾旅行(13)】
20091203202246
西子湾→(高雄捷運橘線大寮行き)→美麗島→(高雄捷運紅線紅線橋頭火車站行き)→高雄車站…(夕食)…高雄車站→(高雄捷運紅線橋頭火車站行き)→左営

雪花氷を食べた後、暗くなった道を歩いて西子湾駅に向かい、来た時と同じように美麗島で乗り換えて高雄車站に着いた。

夕食には高雄駅前の吉野家で、台湾限定の鶏丼を食べる。台湾の吉野家の紅しょうがは日本のものと違い極端に味が薄かった印象。味噌汁も日本のものより塩気が強く、同行者はしきりに塩辛いと言っていた。

その後近くの屋台でタピオカミルクティーをご馳走になり、ホテルで荷物を回収した後高鉄の左営駅に移動。

改札前で発車時刻ぎりぎりまでたくさんお喋りした後、来年日本で会うことを約束して別れる。心で涙を流しながら、6号車の商務車(グリーン車)に慌ただしく乗り込んだ。
西子湾・旗津の休日(後編)【2009年秋台湾旅行(12)】
旗津輪渡站…(散策)…旗津輪渡站→(旗津輪渡)→鼓山輪渡站…(徒歩)…西子湾→(高雄捷運橘線大寮行き)→美麗島→(高雄捷運紅線紅線橋頭火車站行き)→高雄車站

フェリーに揺られること15分、東帝士85大楼などの高層ビルが建ち並ぶ高雄の街を見ながらデッキで心地よい風にふかれるうちに旗津輪渡站に到着した。

いか焼きなどの屋台を冷やかしつつ、マイミクさんと2人海岸に向かう。

同じことを考える人たちが多いようで、夕暮れ近い海岸はカップルや家族連れで大にぎわいであった。

そんな時、突然砂浜に兵士を乗せた二頭の馬が現れた。唱歌「月の砂漠」を思わせる風景にうっとりしていると、周りにいたギャラリーたちが馬に近づき、馬の身体に触ったり記念写真を撮ったりするなどにわかに辺りが騒がしくなる。私とマイミクさんも遅れじと、記念写真を撮るべく馬の前に並んだ。

そろそろ日もだいぶ暮れてきたことだし、今日中に台北に向かう予定なので旗津を後にする。フェリーで鼓山輪渡站に着いた後、マイミクさん行きつけの近くのかき氷屋で台湾風かき氷・雪花氷(シュエファービン) をいただく。

私はチョコ味のバナナトッピング、マイミクさんはイチゴ味のフルーツトッピングを注文。名前の通り雪のような舌触りの美味しいかき氷であった。
西子湾・旗津の休日(前編)【2009年秋台湾旅行(11)】
橋頭糖廠→(高雄捷運紅線小港行き)→美麗島→(高雄捷運橘線西子湾行き)→西子湾…(徒歩)…鼓山輪渡站→(旗津輪渡(フェリー))→旗津輪渡站

橋頭観光を終えた私は、港町高雄と言えば海ということで、マイミクさんの案内で海辺の街、西子湾に向かった。美麗島で橘線に乗り換え、3駅目の終点西子湾で下車。

まずは港が近いため海産物問屋が並ぶ一角で豆腐氷なるものをいただいた。豆腐氷とは杏仁豆腐が載った練乳入りかき氷で、なかなか美味であった。

豆腐氷を食べた後は、近くの鼓山輪渡站(鼓山フェリーポート)から片道15元のフェリーで対岸の旗津に渡る。
橋頭での出会い【2009年秋台湾旅行(10)】
昼食は橋頭糖廠と橋頭火車站の間にある橋頭郷の中心市街地。橋頭老街のお店で食べた。

昼食のメニューは米の麺と鮪の唐揚げがたっぷり入ったカレースープに魯肉飯、煮卵と厚揚げ。カレースープの中で煮込まれた鮪の唐揚げがとても美味しかった。

ここの主のおじいちゃんがとてもフレンドリーで面白い方だった。現在82歳の彼は戦前に日本の中学校に通っていたとのこと。今も時々日本に旅行に行くそうで、一番印象に残った場所はハウステンボス。
日本びいきの話の他にも、アメリカにいる自分の娘さんの話などを自慢気に語ってくれた。そして最後は食堂の片隅にあったピアノで「乙女の祈り」ともう一曲を披露してくれた。

台湾のおじいちゃんって本当に日本が好きなんだなあとマイミクさんともども感動し、再会を約束して食堂を後にする。駅に向かう途中、老街の一角にあるお菓子屋に寄り、マイミクさんから「ご家族に」とお菓子をプレゼントしてもらう。 (つづく)
橋頭ミニトリップ【2009年秋台湾旅行(9)】
20091202201403
高雄車站→(高雄捷運紅線橋頭火車站行き)→橋頭糖廠…(橋頭糖廠散策)…橋頭糖廠→(五分車)→高雄花卉中心…(散策)…高雄花卉中心→(五分車)→橋頭糖廠…(橋頭老街で昼食)…橋頭糖廠

2日目はマイミクさんの案内で、高雄とその近郊の見所を回る。

高雄駅前の食堂で台湾風ピザパン「蛋餅」(写真)と豆乳紅茶の朝食を済ませた後、捷運の紅線で北に向かう。北の終点・橋頭火車站のひとつ手前にあたる。橋頭糖廠駅(高雄県橋頭郷)で下車。駅前にあるかつての台糖高雄工場跡を散策する。工場の跡地は使われなくなったレトロな建物や専用線の機関車、貨車を活用した公園になっていた。
この日は天気もよく、公園内にはサイクリングに興じる市民の姿も多かった。

その後、かつて台糖工場の専用線で使われていた機関車と貨車による観光列車「五分車」で花卉中心まで往復する。花卉中心には専用線の貨車が置かれた一角があり、ここにも保存車輌がと思って近寄ると、貨車の中でインコや鶏が飼育されているのが目に止まった。引退後に飼育小屋に転用される鉄道車輌もそうそうないだろう。
高雄的夜【2009年秋台湾旅行(8)】
左営→(高雄捷運紅線小港行き)→高雄車站…(華宏飯店にチェックイン)…高雄車站→(高雄捷運紅線橋頭火車站行き)→巨蛋…(瑞豐夜市で夕食)…巨蛋→(高雄捷運紅線小港行き)→高雄車站→(タクシー)→漢神百貨…(バーで飲み会)…漢神百貨→(タクシー)→華宏飯店

一旦高雄駅前のホテルに荷物を置いた後、マイミクさんの案内で高雄駅と左営駅の間にある巨蛋駅近くにある夜市を訪れる。

おでん、ステーキ、パパイヤ牛乳など安くて美味しいものがたくさんある夜市だったが、一番感動したのは「臭豆腐(の唐揚げ)」。名前の通り、臭いのきつい豆腐だと聞いており、これまで近寄るのも恐ろしい?食べ物だったが、唐揚げにして辛いソースをつけた状態で思い切って食べてみるととても美味しいということを知った。台湾に住んでいたら確実に病み付きになりそうな味である。

臭豆腐に感動した後は捷運(地下鉄)とタクシーを乗り継ぎ、高雄市中心部の漢神百貨(日本の阪神百貨店が経営参加したデパート)近くにあるバーへ。

ここでマイミクさんのお友達と午前1時頃まで楽しく飲み会。短い時間だったが、台湾の話題や韓国語の話題などで大いに盛り上がった。皆さんとてもいい方ばかりでとても楽しかったです。本当にありがとうございました。多謝謝。
台鉄DR1000と高鉄を乗り継いで【2009年秋台湾旅行(7)】
彰化1832→(区間車3818台中行き)→1844新烏日…(徒歩)…高鉄台中1906→(471次)→2006左営

彰化からの台中行きは、レアな集集線からの直通列車。2駅だけだが、DR1000形ラッピング車輌で移動する。

集集線も味のあるローカル線だが、私は途中の集集までしか乗ったことがない。
いつか日を改めて終点の車土呈まで乗りつぶしをしたいものだ。

高鉄台中19時06分発左営行き471次列車は、TOYOTA「WISH」のラッピング車輌だった。新幹線なのに乗用車のラッピングをした車輌というのも面白いものだと思いつつ乗車。約1時間で左営に到着した。左営駅の改札で高雄を案内してくれるマイミクさんと落ち合う。
鹿港→彰化【2009年秋台湾旅行(6)】
鹿港1730→(彰化客運バス)→1824彰化

鹿港では昨年知り合った友人に会い、友人の元バイト先であるレトロな喫茶店でしばし語らいを楽しんだ。

彰化までの復路は帰宅ラッシュの渋滞に捕まり、往路はものの40分もかからずに行けた道のりに55分もかかる羽目に。

折しも台湾では統一地方選挙が近づいているところ。彰化県でも県議会の選挙が実施されるとのことで、巨大な選挙ポスターや台湾語でやかましく演説する候補者たちの姿を随所で目にした。
彰化→鹿港【2009年秋台湾旅行(5)】
20091201185616
彰化1550→(彰化客運バス)→1630鹿港

今日これから目指す街・鹿港を、高鉄台中駅にいた案内係はルーカンと発音していたが、彰化駅前から乗り込んだバスの運転手はロッカンと言った。多言語国家台湾を思わず肌で感じた一幕であった。

言語が違ってもコミュニケーションができる台湾の人々の柔軟性に感心しつつ、黄昏を迎えた台湾彰化県の平野部をバスで西に進む。

鹿港のバスターミナルに到着する直前、木造駅舎が道の右側に見えた。木造駅舎には「台糖鹿港駅跡」と看板がかかっていた。そう、かつてサトウキビの運送手段として、地域住民の足として、活躍していた鉄道の駅の跡地が公園になっていたのである。公園には味のある木造駅舎と、かつて活躍したディーゼル機関車が佇み、往年の鉄路の姿を今に伝えていた。
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