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角界重大ニュース2006
・白鵬大躍進も綱取りならず

優勝一回、優勝同点一回、優勝次点二回ということで、朝青龍の存在を別にすると今年は白鵬の年だと言っても過言はないだろう。それだけに5月の優勝と名古屋の優勝次点が続いた後、横綱審議委員会への推薦が見送られたのは残念。

・力士による暴力沙汰相次ぐ
名古屋場所では露鵬が千代大海と口論した後大暴れ。風呂場のガラスを割り、カメラマンを殴って負傷させた。
秋場所では勤続25年の大ベテラン・琴冠佑が幕下の取組で張り手を食らったことに激高し、対戦相手の勢を殴打した。もともとこの場所限りでの引退を決めていたとはいえ、この一件によって、長い相撲人生の最後に自ら泥を塗る形になってしまったのは残念でならない。

サッカーのジダンもそうだが、スポーツ選手が感情が高ぶるあまり、スポーツマンシップに反する行為をしてしまうことは言語道断である。正々堂々と闘志をむき出して真剣勝負に臨むことは当然であるが、それとは別に守るべき礼儀や道徳はしっかり守ってもらいたい。

・日本人若手力士の躍進目立つ
特に86年度生まれの力士の活躍が目立った。稀勢の里が新三役を決めたのに始まり、栃煌山・豪栄道の高校相撲のライバルが相次いで関取になった。来場所栃煌山は十両二枚目。19歳での幕内昇進が目の前である。
この他83年度生まれの琴奨菊と81年度生まれの豊真将が九州場所で初の三賞に輝いた。九州に新しいご当地力士が現れたことで、魁皇の引退後も一安心であろう。

・把瑠都旋風
大阪場所で北の富士以来実に43年ぶりの十両全勝優勝を達成し、翌場所も新入幕ながら優勝戦線に絡み三賞受賞と大活躍した。ただ依然相撲の形に粗さが残り、秋場所は途中休場→負け越しという試練を味わった。これからじっくり相撲の取り口を覚えて、大成して欲しいものである。

・容赦ない昇進見送りが相次ぐ。
最近審判部がやけに厳しい。白鵬の件もそうだったが、名古屋場所では雅山も大関復帰を見送られた。やはり過去に一度大関から陥落した経験がマイナスになったようである。
あと忘れられないのが5月場所、幕下付け出しデビューの場所でいきなり全勝優勝した幕下の下田。彼は場所後に十両昇進を見送られて以来不振に苦しみ、今後が心配である。
最近では琴奨菊の新小結見送りというのもあった。

その他
吐合の悲劇
一昨年の学生横綱が度重なる大怪我のため、ついに番付外に陥落。復帰は新年の5月以降になる見通しという。不運にめげずにカムバックして欲しいものである。

幕下のマスコット?柳川今年も大活躍
勇み足・一時的に部屋頭復帰・名古屋場所幕下優勝次点などなど

戦後初の台湾巡業
おかげで台湾に行ったら現地の学生に相撲ネタが通じました☆

旭鷲山引退
モンゴルで素晴らしい政治家になってください。日本で影ながら応援してます☆
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サダム=フセインの訃報に思う
みなさん、まずはこの漫才をご覧下さい

A「君のところにフセイン大統領は出たんかいや」
B「嫁さんの父親、布施(東大阪市の主要駅)に隠居してるんや」
A「なんで君とこの嫁さんの父親は大統領やねん」
B「知らんかったんか?うちのところの嫁さんの父親、大工の棟梁していたんや。」

これは、先日も少し言った夢路いとし・喜味こいし師匠の漫才「我が家の湾岸戦争」である。この漫才で「布施に隠居している大工の棟梁」になぞらえられていた男がついに死刑を執行されたそうだ。

ただ、この死刑には疑問な点が一つある。
たしかに死刑にされて当然のことをした男だ。だから裁判が終わったら即刻縛り首というので全然結構という気もする。

だが、この死刑判決→迅速な執行の裏にはある深刻な事実が隠されていた。今回判決で問われたのは反体制派であったシーア派の住民を虐殺した事実のみ。イラク北部に住む少数民族「クルド人」への化学兵器を用いた虐殺事件については判決と同時に公訴棄却となったそうである。これで、未曾有の大虐殺に関する貴重な証言は永遠に葬り去られてしまったということになる。もっとも奴の事だからクルド人虐殺の一件にはだんまりを決め込んだ可能性も高いが。

最後に、イラクにおける圧政と3度の戦争で亡くなられた一般市民・兵士の皆様のご冥福をお祈りします。
餘部鉄橋事故から20年
昨日は山陰本線餘部鉄橋での強風による列車転落事故から20年目の節目の日でした。当時俺は3歳でしたが、根っからの電車大好き少年だったためか、転落した列車が無残な姿を晒している事故現場の空撮映像をリアルタイムで見た記憶があります。

その後不謹慎にも、おもちゃのブルートレインにこれまたおもちゃのディーゼル機関車を付けて、台の上から落とした俺は罪な幼稚園児でした。本当にごめんなさい。

と言うのはさておき、20年の歳月が過ぎた今でも、俺は年の瀬に強い風が吹くのを見ると、「こんな風のなか列車は大丈夫だろうか」と条件反射的に考えてしまうことがよくあります。それだけあの事故が我々に与えた衝撃というのは大きかったということです。その高さ故の雄大なパノラマで知られる鉄橋から列車が転落する…振り返ってみて今更ながら子供心に与えた衝撃は大きかったのだと思いました。

最後になりましたが、犠牲になられたカニ加工工場従業員の方々と車掌さんのご冥福をお祈りします。それから、最近も山形や宮崎で強風の中特急が脱線するという悲しい事故が起きているため、鉄道員の皆様にはもう二度と強い風が吹きそうな時に列車を動かさないよう心がけて欲しいものです。これから餘部鉄橋は事故の教訓と老朽化により、強風でも安全なようにコンクリートの壁が付いた橋に架け替わるそうですが、橋が架け替わる背景にあった人々の犠牲と、風の怖さをいつまでも心に留めておきたいと思います。
今里筋線の戦利品
20061228213310
帰路は学研奈良登美ヶ丘からコスモスクエア行きで大阪市内へ。緑橋で今里筋線井高野行きに乗り換え、瑞光四丁目まで乗車。そこから徒歩で阪急上新庄に出た。

というわけで、今回の遠征で得た戦利品の一部を公開する。いずれも愛好家や家族連れ、無料パスのあるお年寄りで賑わった井高野駅で入手。

左上:Bトレショーティー
今里筋線で使われる電車の1/150スケールプラモデル。ただし車両の長さは実物のドア3つ分からドア2つ分に短縮されている。

右上:記念乗車券
昔地下鉄で使われていた硬券をモチーフにしたキーホルダーと、270円区間に4回乗れるカード式乗車券のセット。2つとも電車の写真や今里筋線の路線図が印刷された記念の台紙に収まっている。

下:定規
今里筋線車両のイラストがあしらわれている。上のプラモデルと記念乗車券を買ったらおまけで付いてきた。
今里から緑橋経由で
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こんな場所にも行ってきた。3月に開業したものの、多忙につき行けずじまいだった近鉄けいはんな線の生駒―学研奈良登美ヶ丘間。
今里到着
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千日前線との乗り換え駅。近鉄にも同名駅があるが乗り換えには少し距離。

遅くなったがここらで昼食としよう。地下鉄に救われたクリスマスイブの昼食だ。
井高野にて
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今里筋線期待の新車、80系である。

北の終着駅井高野は閑静な団地のど真ん中。ふと振り返ると新幹線が走って行くのが見えた。ここは上新庄の新幹線と阪急の交差部分からほど近い様子。でも阪急との連絡駅が無いのはどうかと思う。その気になれば相川や上新庄に繋げられたのに。

只今試乗中
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関目成育から井高野行きに乗車。只今清水駅。
京阪の路線図
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まだ関目駅の箇所に今里筋線の案内がない…
只今出発
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卒論その他で寝不足気味なもので、正午の今里筋線始発に乗るのはやめた。

今日のルートは
京橋―関目―関目成育―井高野―今里―緑橋まで確定。
神戸空港路線再編問題の続報&雑記
前の日記で「ANAの神戸-新潟・仙台線が廃止になるかもしれない」と書きましたが、その後一週間のうちに事態が急展開し、結局仙台線は存続する方向に傾いています。

その理由は
・仙台発神戸行きのANA便は、20時頃仙台発で21時半ごろに神戸着。というわけで仙台市内に18時まで滞在してその日のうちに関西に戻れるというのでビジネスマンを中心に人気が高い。新幹線でもその日のうちに戻れることは戻れるのだが、いかんせん飛行機と比べて時間がかかるためあまりお勧めしない。

・しかも来年3月に仙台と仙台空港の間に鉄道が開業する。そうすれば、19時に仙台駅を出てもこの便に間に合うことが可能になる予定。よって今後さらなる需要拡大の見込みがあるとか。

ちなみに仙台線存続の代わりに、JALと合わせて1日4便もあり、しかもJAL便と発着時刻がかぶるので潰しあいになってしまった鹿児島線が潰されるそうです。関西と鹿児島の人的交流は多いので、ダイヤさえ工夫すれば大盛況になり得ただけに惜しまれます。

話は変わるが、馬を走らせるには人参?が必要。
ということで旅行の予定を2つほど考えています。

・韓国
来月卒論提出と試問の間に行くつもり。そのうち飛行機のチケットを取る予定。目的は旨い韓国料理・飛行機・韓国の新幹線KTX。時間あれば板門店(北朝鮮との国境)に是非行きたい。

・東京方面
2月の週末に行く予定。既に帰りの飛行機を取った。
乗るつもりの鉄道路線は以下の通り。
青梅線・五日市線・鹿島鉄道(3月で廃止)・銚子電鉄(元社長の横領で経営難になり、副業の煎餅を売って電車の修理代に充てていると先日報道された)

・九州

・ヨーロッパ

この2つは行くつもりだが予定は完全未定。

ところで、今日はクリ…とか言った奴には後で素敵なご褒美があります(嘘

今日正午、大阪市営地下鉄8番目の路線・今里筋線が開業します。卒論半分も出来ていないけど、一応初日に乗車する予定です。レポートはまた後ほど。
世界でも訃報が続く
昨日は青島幸男、岸田今日子、中島忠幸の3巨星の死が伝えられ、多くの日本国民が悲しみに暮れる1日となった。中島なんかまだ若すぎるやろ。奥さんも、子供さんも、竹山も、不憫で仕方がない。神様酷いよ…と思わずにいられなかった。

このように今年は国民に親しまれた芸能人や文化人の訃報を目にしない日はなかったように思えるが、少し視点を変えると日本の芸能人や文化人だけでなく、世界各地の独裁者も相次いで天に召されている。

3月のユーゴスラビアのミロシェビッチ元大統領に続き、今月に入ってからチリのピノチェト元大統領が死去した。いずれも大虐殺で国民を恐怖に陥れた男である。こういう人間の最期が絞首刑や電気椅子ではなく、寿命近くの年齢まで生きて病死というのは、悪人の長生きというのか神の不条理と言うのか…。善良な人の悲惨な最期というのをいろいろ見聞きしているだけにやり切れません。

そして、今日トルクメニスタンの独裁者も死去したと伝えられた。布施に隠居していた(注)フセインや金賞に地じゃなかった金正日と比べて、あまりメディアには注目されませんでしたが、街中いたるところに自分の肖像画を掲げたりするなど北朝鮮ばりの個人崇拝国家を築いた男です。

こういう報道を見ていると、次は金某の番さ。それで拉致されたり圧政で苦しんでいる人たちに平和が戻るのだと信じたくなってしまうのは俺だけではないだろう。

あと、スターリンも今年死んだんじゃないの?と思ったが、これはそっくりさんでしたね。岡田真澄さんのご冥福をお祈りします。

(注)大阪の漫才師である夢路いとし(故人)・喜味こいし師匠のネタです
卒論完成へまっしぐら
20061215172728
こちらが先ほどの日記で紹介したDVD。

今日は某外大で資料探し。思い出は美しいけど、お互い取り返しのつかないことになってしまったようで悔やまれることが何と多いものか。
月見栞「Moon Honey」(DVD)
月見栞 Moon Honey / 月見栞

ようやく卒論の執筆に入った。まだ20000字中1000字。ってことはこんな日記書いている場合じゃないのだが(笑)

実は最近、mixiで月見栞さんというグラビアアイドルとお近づきになった。美人でナイスバディな上に、慶応大学法学部在学中の才媛でもある彼女。これも何かの縁だろうというわけで、一昨日京都寺町でDVDを購入☆

ここで画像や動画を紹介できないのはまことに残念だが、B89W58H89という彼女の肉体美と20歳の女の子らしいキュートでアダルト?な表情が余すところなく表現された70分間の作品です。
全日空・神戸-新潟・仙台線を廃止か?
http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000190376.shtml

この2月に開港した神戸空港、開港当初は京阪神都市圏の高い航空需要にも支えられ利用者数は順調な数字を記録していたようだが、開港ブームが落ち着くにつれ初年度の年間利用者数目標達成が困難になるなど、やや苦戦ムードになってきている様子。

そんな中で、特に平均搭乗率が3~4割と低迷していた神戸-新潟・仙台のANA便・神戸-熊本のJAL便にリストラの魔の手が忍び寄っているようである。

私自身神戸ー新潟線には2月のそれも開港翌日に、神戸-仙台線には10月の超割スペシャルの時期に乗る機会があった。前者については開港翌日の物珍しさからか、定員70人程度のプロペラ機の半分以上の座席が埋まっていた。キャビンアテンダントさんも神戸空港発着便への初めての乗務とあり、記念にいただいた絵葉書には「初めての地に大変期待で胸いっぱいです。」のコメントがあった。夢の新空港は前途洋々と信じて疑わなかった開港直後の一コマである。

後者については搭乗率がそれほど高くないとは聞いていたが、それでも伊丹空港が使えない夜9時台に仙台から関西へたどり着くことが出来る貴重なフライトとして、重宝していた人は結構いたのではないかと思われる。

結局大阪中心部に近い伊丹ではなく、大阪中心からは微妙に距離がある神戸に行くフライトだったというのが敬遠されたと言うことが大きいのだろうな。しかも国内線が充実している伊丹に向かうフライトは、四国や九州に行くために伊丹で乗り換える客をあてに出来るが、神戸行きのフライトとなるとそうした客はあまりあてにできない。

思えば関空が開港した直後は、関空からも仙台や新潟に行く路線があった。しかしこちらも京阪神の中心部に近い伊丹空港発着便に利用者が流れたので廃止され、少数ながらいた東北・信越から関西空港経由で海外に向かう利用者に不便を強いる結果となった。今度の神戸空港発着のローカル路線の存廃問題を考えるにあたっては、各空港間のすみわけや利用者のニーズ、空港を生かした地域振興計画などを慎重に考慮して、各空港の長所が最大限生かされ、なおかつ少しでも不便になる人が出ないような方法が取られるべきであると思う。
元祖ネタ力士・男女ノ川(みなのがわ)を語る
先日mixiに書いたものを転載

 ふと、疑問に思ったことがある。相撲史上で最初にネタにされた力士というのは誰なのか?相撲というのは古代の奈良・当麻寺での神事に由来すると聞くが、そんな時代に柳川某みたいな力士がいたなんていう記述はどこの古文書を探しても出てこない。(そもそも某力士のファンって、多趣味な教養人タイプの人が多い気がするので、もしも平安時代の「すまい」に関する絵巻に八百長を匂わせる場面があったりしたらとっくに誰かが見つけて、祭りになっているはず。)

 江戸時代になると、雷電為右衛門のような人気力士も出るなど、江戸と上方を中心に興業としての相撲が栄えるようになった。ただ、この時期にどんなネタ力士がいたかもあまり詳しくは分からない。

 個々の力士に関するはっきりした資料が出揃うのは、新聞などのメディアが発達した明治以降ではないだろうか。私はある美術館で、自殺志願者を救った力士を書いた錦絵新聞を目にしたことがある。こうした瓦版や新聞といったメディアの発達は、力士に限らず古今東西の有名人についてセンセーショナルに伝える傾向があり、民衆の世間話の話題づくりに大きく寄与したことだろう。

 しかし、明らかなネタキャラ力士の嚆矢は、昭和戦前期の横綱・男女ノ川登三だと思う。彼は約70年後の誰かさんに似て?奇行が多いことで知られ「奇人横綱」という異名を取っていた。ちなみに彼は戦前戦後の一時期、三鷹市の下連雀に居を構えていたが、奇しくもここはその誰かさん?が1983~84年頃に住んでいた土地である。

具体的なエピソードとしては次のようなものが挙げられる。
・何故か早稲田大学の聴講生をしていた時期がある。地方巡業を休んで授業に出て専門部を卒業した。
 学業面では真面目だったが力士としては素行不良ということになるようですな。とりあえず学業面の真面目さについては見習うべきものだと思います。

・まだ自家用車を持つことが一般ではなかった時代に、ダットサンという車を運転して場所入りした。このダットサンを日中戦争以降の燃料統制で運転できなくなってからは、自転車で場所入りした。
 なお、力士の自動車運転は、現在では原則禁止されています。ただ数年前に高砂部屋の某力士が大阪で交通致死事件を起こしてしまったことは記憶に新しいと思いますが。

・引退後は当時の一代年寄制度で年寄男女ノ川として理事にまでなったのに、突如廃業して選挙に出馬(落選)したりもした。
 ほう、現代の又吉某や羽柴誠○秀吉のはしりってわけですな。ただ、戦後間もない頃の衆議院議員選挙は今にもまして泡沫候補が多かったらしい。逆に言えば敗戦で新しい時代になったことだし、我こそが世直しをするのだという強い意志を持った立候補者が多かったというわけで、泡沫といえども彼らの政治への関心の強さは現代人が今すぐ飲むべき爪の垢だと思う。

・ある時太刀山(横綱)のまねをして、稽古土俵の中に描いた1m程の丸から押し出したら賞金を出すことにしたが、すぐに財布が空になり中止した。男女ノ川の稽古不足を見かねたかつての大横綱が、稽古に気持を集中させる為に考案した自らのやり方を伝えた物である。

・廃業後の数度の選挙出馬で金策にも困り、妻子にも見放され養老院に入ったことが新聞ダネになる。
・廃業後に探偵業を開業するも、身長191㎝の巨体ゆえ目立ってしまい尾行もままならず廃業した。
それぐらいはじめから気づけよw

・独特の顔立ちが特徴で、漫画サザエさんで名前が挙がったこともある。
 実はこの人、ジャイアント馬場に似てたんです。在りし日のジャイアント馬場もそうだったけど、この人もその何とも言えない顔がトレードマークだった。どうもホルモン異常で身体が異常にでかい人に特有の顔立ちなんだとか。ちなみに、「サザエさん」で男女ノ川の名前が上がった場面は、カツオに「相撲取りみたいな髪型にしてごらん」といわれたサザエがその通りにしてみると、「あっ、ミナノガワそっくりだよ」と笑われたというものだった。図書館で初期のサザエさんを読む機会があったら一度探してみてください。どこかにあるはずです。

・最晩年は養老院を出て、野鳥料理で有名な料亭「村山砦」で下足番をしていた。経営者が彼のファンで、歩くのもままならない元横綱の為に新天地を用意したというわけである。
 その店是非行ってみたかった。でも俺が生まれる12年前に彼は死んでいるんだよね…

(出典)フリー百科事典ウィキペディアwikipedia
川端要壽『下足番になった横綱 ~奇人横綱 男女ノ川~』小学館文庫

 もし70年遅く生まれていたら、「角界のジャイアント馬場」だとか「キモカワ横綱」、「天然横綱」だとか呼ばれていたことは想像に難くない。あるいは70年前に2chがあれば、田代・川崎・柳川と並ぶ神としてねらーに崇められていたかもしれない。

 これだけ面白い人だったのだから、廃業後はタレントにでもなればよかったのだと思う。しかし、彼が廃業したのは太平洋戦争真っ只中の昭和17年。不要不急の娯楽はやめましょうというご時勢だったし、そもそも今みたいに力士の芸能界進出なんて概念がなかった時代でもある。残念ながら彼のネタキャラとしての才能は、その後の人生において上手く生かされたわけではないようである。だから養老院だの下足番だのといった悲劇的な末路をたどってしまった。

 ただ、彼はその面白いキャラクターを生かす機会に全く恵まれなかったわけでもないようである。昭和30年代前半に、一度名優ジョン=ウェイン主演のアメリカ映画に出演し、銀幕デビューを果たしたことがあるらしい。20世紀フォックス社の『タウンゼント=ハリス物語』。唐人お吉と領事のハリスを題材にした話で、地元のやくざの親分を演じた。

 この役は決してちょい役ではなく、結構セリフや登場シーンも多い重要な役どころだっただけに、一発屋に終わってしまったのが何とも悔やまれるところである。昭和30年代というとテレビの本放送が始まり、ぼつぼつチャンネル数も増えてきた時代。かと思うとまだテレビ受像機がさほど普及していないこともあり、旧来の日本映画もまだまだ隆盛を極めていた時代でもある。このようなメディアが多様化の動きを見せていた時代だったからこそ、彼にも活躍の場がたくさんあったのではないだろうかと思えてならない。
今日承諾書を出してきた
あとは1ヶ月で卒論を仕上げなくてはならない。

我らがヴィッセルは今日の入れ替え戦初戦@神戸に引き分けたようである。俺のように?というのは語弊ありかもしれないが、最後の最後でJ1への復帰を決めて欲しいものである。三浦淳も帰ってくることだし、今週末福岡でしっかり勝って来いよ!

もう一つサッカーの話題。フランスワールドカップ時の日本代表レギュラーとして活躍した鹿島の本田と名良橋が戦力外通告を受けたという。既に名古屋の秋田や横浜の中西も戦力外を言い渡されているとも聞いているので、ワールドカップ初出場の勇士たちに新しい職場が見つかるよう祈るばかりだ。
ご報告
長い道のりでしたが、おかげさまで一昨日第一志望群の市役所に内定をいただきました。

思えば7月まで一度も面接に通らない苦難の日々で、夏以降は文章が荒れてしまうと言う理由で、ブログの更新を自粛していましたが、本日より更新を再開します。

最後に、以前より当ブログをご覧になっていた皆様へ、長らくご心配・ご迷惑をおかけしたことを深くお詫びします。これからも当サイトをよろしくお願いします☆
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