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愛車
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昨日晴れて納車となった。TOYOTAのVITZ。これを乗りこなせるようになるのはいつのことか?来月中に父親がこの車を下宿に回送してくれるらしいので、時間ある時にぼちぼち練習しないと。

夕方に早速練習走行。暗い中での運転はこれが初めて、おまけに交差点で事故りかけてスリル満点のドライブに(^_^;)

なお、写真のナンバープレートはプライバシーの関係で隠しておきました。
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さらばDC-10
明日、とある旅客機が日本の航空会社から引退する。

日本航空のマグダネルダグラスDC-10-40。1976年に東京―札幌・福岡の国内線でデビューし、翌年からは東京―ニューヨークをはじめとする国際線に就航。以来国内はもとより世界の空(南回りヨーロッパ線でイラクにも飛来していた可能性も)をまたにかけてきた同機であったが、何より寄る年波には勝てなかったようだ。経年の面以外でも、エンジンが1機当たり3基ということで運航コストがかさんでしまうなどの問題があり、この度引退が決まったというわけである。

ちなみにアジアの主要な航空会社でこのDC-10を旅客用に使っているのは近年ではJALだけになっており、世界的に見てもこの機体にアメリカと日本の航空会社以外で搭乗するのは至難の業だったはずである。韓国やインドネシアからDC-10が消える中、JALでDC-10は以前と変わらず第一線で活躍していたので、数年以内に引退するとは信じられないように思うこともあった。それでも、数年前にプレスリリースされた「2005年度までに完全引退」というニュースが遂に現実のものになってしまった。もし8月12日の福岡でのエンジン火災事故が無ければ、もう数ヶ月長く活躍したかもしれないのではと思うのは俺だけではないだろうか?

実はこの機体、俺が5歳の時に初めて搭乗した飛行機でもある。会社はJAL。区間は伊丹―成田。つまり空初体験をエスコートしてくれた役者であるがゆえに特別な存在だった。機内では赤と黒帯の旧旧塗装のジャンボのおもちゃをもらった記憶がある。伊丹発金浦行きという今ではありえない国際線に乗った時も、機材にはDC-10が使われていた。数年前引退の話を耳にしてから、生まれて初めて乗った思い出の飛行機に最後に何とか乗れないかと毎月時刻表を開いて調べたところ、関西発羽田行きの深夜便に使われているということが分かった。しかし、乗る機会を捻出できぬままこの春にDC-10はこの路線から撤退となってしまった。他の就航路線は国際線か大阪に関係ない国内線のみ。結局お別れ搭乗は叶わぬ夢に終わった。せめてノースウエストの機体でもいいから、完全引退となる前にもう一度DC-10に乗りたいものである。

最後にJALのDC-10、29年間長い間ご苦労様でした!

古きよき日々を担った役者の引退とともに、一方では未来への扉も開かれていくものであろう。大規模な航空連合に一切加盟せず、海外の航空会社それぞれと個別提携と「全方位外交」・「栄誉ある孤立」を保っていたJALは、来年を目処にアメリカン航空・英国航空・キャセイパシフィック航空・カンタス航空ほか8社が加盟する航空連合「ワンワールド」への加盟を決定した。これでマイルが貯めやすくなるのでは、共同運航で利便性が増すのではと世界中のユーザーの間に朗報が駆け巡ったわけである。スターアライアンス加盟のANAも使う身からすれば、タイ国際航空やニュージーランド航空との共同運航権がANAに譲渡されるか否かも大いに気になる。(JALの発表によると「他アライアンス系企業との提携も当面続ける」とのこと)

とまあ、久しぶりにJALから事故以外の話題を聞いた気がする一週間だった。
日本シリーズ終了…
今日で終わって欲しくない…その思いを胸にBOXと下宿でテレビ中継を見守る。1回裏に赤星・鳥谷の連続ヒットで早くも無死1・2塁の好機…だがその後が続かず2者残塁で攻撃終了。その直後2回表に李の先制2ラン。「これは今日も大量得点が楽しみだ。」というパ・リーグ派の先輩の言葉を横目に、ここで諦めてたまるものかと画面に向かい声援を送る。

だが、食事のため画面を離れている間に杉山の継投で登場した能見がまたもや李にタイムリーを放たれ、ビハインドが3に広がったと知る。対するこちらはチャンスを作ってもその都度三振や併殺で無得点に終わる。矢野の牽制によるアウトなどはその最たる例であろう。JFKが好投しても、守備がミスをしないよう努力をしても、打線がとんと続かない。併殺多すぎ。どうせなら三振しろと言いたいぐらいに。今シリーズは1987年~91年&1993年~2001年の「ダメ虎リバイバル」だなとおっしゃっていた方がおられるがまさにその通りだろう。
(こういう不甲斐無い戦いを野次ったりけなしたりしつつも、球場に足を運び続けて惜しみない声援を送り続けるのが真の阪神ファンなのだが)((注)実は筆者は1992年から2003年までの間1度も阪神戦に行っていない。Jリーグの台頭もあったのだが、我ながら不甲斐無いことだと反省してます。)

それでも短い時間だが、虎軍団がレギュラーシーズン時にやっていたような野球を見せてくれた場面があった。6回裏の今岡桧山の連続タイムリー。これで何とか1点差まで追い上げ、逆転勝利の4文字がすぐ先に姿を現した。

だがやはりロッテの(それも例年好調と言われる10月の)投手陣の壁は厚かったようである。7回8回9回虎の打線は再びネコ打線に戻ってしまうことに。9回ではせっかく先頭打者の片岡がフォアボールを選んだのに矢野のフライが併殺打となり、一挙に2アウト。最終打者の藤本が三振に倒れ、タイガース20年越しの夢はここに潰えた。ハンバーガーはたしかに半額になるけど、我々にとっては非常に悔しい結果に

とりあえず、ロッテの選手及びファンの皆さん。31年ぶりの日本一おめでとうございます。せっかくタイガースを倒したのだがら、アジアシリーズも是非勝ち抜いてください。ロッテファンの高校の親友とかサークルの先輩とか後輩とか今頃大喜びしているんだろうな。

ところで、今度南海初芝駅のロッテリアに金本TシャツorビールかけTシャツで行ってみようか?どんな顔されることか?土産は店のレシートと駅の入場券です。
千葉ロッテマリーンズおめでとう
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祝・千葉ロッテマリーンズ31年ぶり優勝!ファンの皆様おめでとうございます。

かくしていつか夢に見た虎対鴎の日本シリーズが遂に実現することになりました。日本シリーズはお互い手加減せずガチンコで戦い抜きましょう。

アニキや今岡はロッテ投手陣から打てるのか?今シーズン限りで引退する初芝はいかに活躍するのか敵ながら楽しみ。見所盛り沢山のシリーズが待ち遠しい。
さよなら阪急2301編成
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今週の19日水曜日をもって、阪急電鉄で現役最古参の電車・2301編成(4両編成)が勇退することになった。

よって月曜午後の嵐山バイトに行くためこの車両に乗るのも今日が最後。長い間ご苦労様でした。
慌しかった週末
ドライブ明けの今日は障害のある若者相手のボランティア。知的障害のある少年相手にスキンシップやサッカーネタの会話を楽しむ。駅名に興味を持つ少年とのコミュニケーションから、俺の鉄道趣味属性が発覚してしまう一幕も。

パ・リーグのプレーオフ。千葉ロッテマリーンズは王手をかけた後2連敗。福岡ソフトバンクホークスに逆王手を許してしまった。ホークスファンの方には悪いが、あくまで俺が観たいのは阪神ロッテ戦です。最近ロッテの初芝選手がネタの宝庫だという話を聞いたので、阪神戦での彼の晴れ姿を是非是非見たいと思っていたりもする。ちなみに初芝清の名前は6年前から知っていたが、その頃はそんなネタになる人とは思いもよらず。とにかく明日は勝って下さい!京都では放送ありませんが(テレビ東京系は京都府内のかなりの地域で映らない。)
鋼鉄の架け橋
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車中一泊の強行軍で、こんな場所に行って来た。兵庫県香美町(今年4月に香住町・美方町・村岡町が合併)の餘部鉄橋である。目的はもちろん鉄橋訪問と列車の撮影。

この途中、浜坂(今月1日に温泉町と合併し新温泉町に)の七釜温泉と餘部の間約5キロ強で本免許取得後初の自動車運転を果たす。1月のブランクのせいか、ずいぶんと速度にムラのある運転になってしまった。同乗の先輩、御指導本当にありがとうございました。

天候が悪いので列車撮影は早めに切り上げられ、秋祭りに沸く城崎温泉一の湯で入浴の後、俺と後輩3人は明日の用事のため皆と別れて城崎温泉から列車で帰宅の途につく。ああ、旨い魚食べたかったなあ(涙)

鈍行を2度乗り継ぎ、22時少し前京都駅着。これから明日のボランティアの準備が待っている。

どうでもいいが、城崎温泉駅で見た福知山線と山陰線の特急電車は観光輸送には役不足な気がした。そこでVSE増備で余剰になった小田急のロマンスカーを購入して「北近畿」・「きのさき」に投入してはとつい妄想。VSEとEXE(一応新車なので許す)に乗って以来、豪華特急編隊を擁する小田急が羨ましくて仕方なかったりする。
*一部17日に加筆
スカイマーク・二度目の大阪撤退
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今日の新聞各紙によると、スカイマークエアラインズが来春で羽田―関西・徳島・鹿児島線から撤退、鹿児島線廃止分の発着枠を回すはずだった新北九州線の就航を断念するとともに、羽田―札幌・那覇線の開設を発表したという。
スカイマークと言えばオリックス本拠地の命名権を買って話題になった新興エアラインなのだが、路線の開設と撤退のサイクルが激しいことでも知られている。この路線展開はモー娘。メンバーの変遷よりめまぐるしいかもしれない。
とにかく、関西撤退は残念だが、2月から就航する羽田―神戸線をエ―ス福岡線と並ぶ柱に育てて欲しいところである。新機材B737-800と中村オリックスともども、神戸でのスカイマークの躍進に期待したい。 写真はスカイマークエアラインズの機内誌とサービスされたお菓子。5月の羽田―関西線で入手
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南京町
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山陽電車全駅下車を祝って、神戸の中華街にあたる南京町で食べ歩き。タピオカジュースとゴマ団子がおいしゅうございました。

俺的には駅に降りまくるのもいいが、沿線での観光も大切にするのが正しい駅巡りのやり方だと思う。以上、シーサイドエクスプレスを楽しんだ秋の休日でした。
山陽電車全駅下車達成
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つい今しがた、滝の茶屋駅にて悲願達成。

ところで写真の車輌は今年41歳。いつになれば新車に置き換わるのだろうか?
広畑駅
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駅前には製鉄所へのビジネス客目当ての旅館が多い。これにて網干線全駅下車達成。
今日は県西部へ
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阪神電車の珍編成・5143Fの普通電車。タイガース優勝を記念した標識が!
「オレンジの中央線」引退決定
このニュースが発表されたのは、この間の火曜日。だから忘れないうちに書いておこうと思う。

1979年から四半世紀に渡り、東京の中央線快速の主として活躍してきたオレンジの201系電車が来年2006年から1~2年のうちにステンレス製の新車E233系に置き換えられ引退するというのだ。
中央線なんか珍しくも何ともないじゃんという方が多いかも知れないが、この「オレンジの201系」は俺にとって大きな意味を持つ存在である。

思えば、物心ついた時に俺が住んでいたのは東京都国分寺市。中央線の快速で都心と繋がる衛星都市の一つである。しかも俺の家は線路から程近いマンション。小さい頃親に手を引かれて自宅近くの跨線橋に行ってひたすら201系を眺めていた記憶や、201系に乗って都心に買い物に出かけた記憶が今なお鮮明に残っている。俺が鉄道好きになったのもこの時期の話、しかもその趣味が形こそ変われど今も残っていたりするのだから、オレンジの201系は俺を鉄道好きに誘った車両だといっても過言はないだろう。

4歳で関西に移住してからは、彼らとの縁は一旦切れた。しかしその後中2、高1、浪人、大学生時代に幾度か上京した時に彼らに出会う機会があり、乗車する度純真だった?幼児期を懐かしむ一種のノスタルジーに浸っていた。すでにこの時期、総武線(中央線各停)や京浜東北線の電車は銀色の新型に置き換わっていたのだが、中央線の201系だけは京浜東北線や総武線の旧型車と比べて比較的経年が新しいせいか10数年間ほとんど変わらぬまま運転されていた。個人的に、「こいつらだけはいつまでも変わらずにいて欲しい」と密かに思っていた。

しかし、彼らにも終焉の日がついにやって来たのだ。間もなく大阪の環状線に東海道、山陽線各停から追われた201系がオレンジ色に装いを改めて転入するこの時期になって「引退」の公式発表が出されたわけである。JR東日本の財力を考えると、おそらく車齢20数年の彼らの中には他の線区に移ること無く廃車解体されるものもあるかもしれない。どうせなら西日本に移籍して環状線や阪和大和路線あたりで走って欲しい気がするのだが、果たしてどうなることやら。ともかく俺の人生にある意味大きな影響を与えた車両だけに引退が惜しまれるが、長年の活躍御苦労様でした。来年あたりでもたくさん写真撮りに行こうか?と思います。

引退と言えば阪神の石毛投手。野球に関しては阪神ファンであってもマニアではない俺には、2年前に消化試合で投げさせてもらっていたなあというぐらいの印象しかないが、大魔神佐々木ともども長い間御苦労様でした。佐々木と言えば横浜はヤクルトと並び残り試合が多く、さながら3位決定プレーオフみたいな状況になっている。

んで今日はネットでプレーオフ1回戦を逐次見守ることに。阪神対ロッテを観たいという気持ちもあるのだが、実は4~6年前の一時期親友の影響でロッテファンをやっていた時期がある。そういうことでプレーオフの間だけロッテを応援することにしているのだが、堀の犠牲フライやフランコの決勝タイムリーで高校時代大阪ドームで観たロッテ近鉄戦を懐かしく思い出した。日本シリーズに入ればおそらくかなりの強敵になるだろうが、この調子でプレーオフを勝ち抜いて欲しいものだ。

あと広島の黒田が我らがシモ様(下柳)に勝ち数で並んだらしい....
プロ野球チップス
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昨日コンビニでプロ野球チップスを買ったら、阪神の最多勝投手である下柳のカードが当選。(右)(^O^)早速後輩からもらった金本アニキのカード(左)と並べてみた。

ちなみに今好きな虎戦士ベスト3は下柳、金本、片岡。年寄りばかりという突っ込みは無視して、何とか片岡のカードを探しあてたいものです。
キュウリになれないトマト、ミカンになれないリンゴ
まあ要するに阪神も優勝し、箱根旅行も終わり、夏休みも終わったと言うわけなんですわ。と久々に関西弁で書いてみる。

しかし早くも火曜に1回、水曜に1回の自主休講。遅刻もままあり、開幕ダッシュに乗り遅れた感が否めない。いじめの傷や発達障害その他による進路面の悩みがずるずる続いたせいで、就職準備にも乗り遅れた。免許も今頃になった。乗り遅れないのは旅行中の電車ぐらい…という周回遅れの人生を歩んできたなあとつくづく思う。

まあ免許取っただけでも、VSE乗っただけでも、阪神優勝しただけでも感謝しないと。そろそろ公務員試験用の予備校を決めて、願書を出すつもりです。

野球のネタや鉄道のネタもいろいろ書きたいところだが、最近ボランティアをしていてこんなことを考えるようになった。ある日の障害者相手のボランティア活動で器用かつ有能なある年下の友人の様に上手く動こうとしていた俺は、その後の反省会で「もっと自分らしさを大事にしたほうがいいですよ。相手ありきのボランティアって強迫観念にかられてするものじゃないし、自分から楽しむぐらいの気持ちにならないと。」とアドバイスを受けた。

この一件からこんな言葉が即興で頭の中に浮かんだ。「トマトはトマトになれても、キュウリにはなれない。」断っておくが、別にトマト=俺、キュウリ=学部の優等生、元彼女の今の彼氏、その他自称他称勝ち犬系の学生、一流企業内定の元いじめっ子と言い切って、トマトを貶めているわけではありません。

つまり、人が他人を「こうだから羨ましい。」といって僻んで愚痴ったり、愚痴る前に努力して追い越してやろうと実力行使に出たとしても、人間には生まれながらの向き不向きがあるから結局その他人を見返すどころかいつまで経ってもある分野において彼らの後塵を拝することになってしまうということがままある。無理に人に勝とうといくら努力しても大して結果が出なかった。それではどうしたらいいのか?結局、その他人に対して自分が特定の分野(その数が1つだけの場合もあれば、数え切れない場合もある。)において劣っていることを受け入れ、自分は自分に合った道を探して自分らしく生きるしかないと言うことになってくるわけだ。その上でまた新しい自分のいい面が見えてきたりすることもあったりするのだろう。

正直な話公務員試験に1年で合格するか分からない。民間受けても全部撃沈するかも分からない。「キュウリ」のことを羨ましがることが今後も多いかもしれない。でも、「トマトはトマトでいいんだ。」というこの言葉を思い出して今後の大学生活を凌ぎたいものである。自分で作った言葉を褒めすぎるわけにもいかないのもまた事実だが…

ちなみに自分のことを負け組と呼ぶのは今後極力控えたい。ある友人が括弧つきの負け組という言葉を紹介したが、いくら負け組という基準を作っているのがある意味社会における絶対的権力者である世間とはいえ、自分のことを負け組と言うのはやはり気分が悪いものだ。
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